“燃える闘将”星野仙一さんの思い出を語ってください。

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 2018年1月4日、星野仙一さんが膵臓がんで亡くなられました。  選手としても監督としても闘志を隠さない姿で多くのファンに愛され・・・続きを表示

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  • 私は名古屋市内に住んでいた小学二年生の時、ナゴヤ球場で星野仙一さんのプレーを一試合だけ生観戦する機会に恵まれました。
    父が職場仲間から巨人戦のバックネット裏席のチケット譲ってもらい、その試合の中日の先発投手が星野仙一さんでした。
    私は物心ついた時から、大の王貞治選手のファンでした。ですから、当時の自分にとっての星野さんは、正直なところいつも巨人に立ちはだかる手強く憎い存在でした。その試合での星野さんは王さんに本塁打を浴びてしまいました。
    今でも、その時の王さんの打球音とゆっくりベースを回る姿、星野さんのマウンド上で悔しがる姿はうっすらと記憶に残っています。
    私にとっては夢のような時間ではありました。
    しかしその反面、テレビで観ている星野さんにはいつも抑えられていたイメージしかなく、悔しい思いばかりさせられていたのは、今となっては懐かしく良い思い出です。
    星野さんには、天国でも野球に打ち込み、奥様とも仲良く過ごしていただきたいです。
    ご冥福をお祈りします。

    tokubohさん2018/01/10 20:40に投稿

    1
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  •  自分が生まれるずっと前の出来事。
     ショートを守っていた宇野勝選手が平凡なフライを「ヘディング」をした時、マウンドに立っていたのが星野さんだった。
     当時巨人は「連続無得点負け試合なし」の記録を更新中で、星野さんがそれを止めようと無失点投球を続けていた中であのプレーが出た。結局一塁走者が還ってしまい、悔しさを露にする星野さんが忘れられない。

    snoilさん2018/01/16 11:25に投稿

    0
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  • 中日選手時代のリアルタイムな記憶はあまりないが、宇野ヘディング事件の映像だけは何度も何度も取り上げられているので最も印象深い。グラブを叩きつけてあらわにした怒りの矛先が実は宇野さんではなく、巨人軍に対しての絶対に負けられない気持ちの強さであることは随分と後になって知った。ドラフトで指名を外されてからの怒りをエネルギーに変えて名勝負の数々をつむぎ、最終的には楽天の監督として巨人を倒して日本一になったというのも感慨深いものがある。

    キャプテンさん2018/01/10 19:12に投稿

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