“燃える闘将”星野仙一さんの思い出を語ってください。

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 2018年1月4日、星野仙一さんが膵臓がんで亡くなられました。  選手としても監督としても闘志を隠さない姿で多くのファンに愛され・・・続きを表示

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  • 星野監督は最も尊敬している方でした。
    東北(秋田)では珍しく小学生の頃からアンチ巨人&熱狂的ドラゴンズファンだった私は、1988年のセ・リーグ制覇時から心酔していきました。
    それから星野監督に関する書籍や情報は何でも入手し、その人として男としての生きざまに感銘を受け「夢のないところに根性も忍耐もない」「迷った時は前へ出ろ」など名言は人生の教訓として胸に刻んでいます。
    数多くの名勝負がありましたが、やはり宿敵巨人を倒し日本一を決めた試合がベストです。最終回にマー君が登板するシーンはいつ見ても涙が出ます。本当に東北を熱くしてくれました。ありがとうございました。

    プッキーさん2018/01/24 20:36に投稿

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    そう思う!
  • ドラゴンズの2回目の監督の時に、1996年~1998年の間、タイトルは忘れましたが今でいうブログ記事を毎日更新されていたのを想い出します。内容はその日の試合の振り返りや読者からの質問への回答などでした。私も当時スポーツ選手に流行り始めていた「試合を楽しみます」というコメントをどう思うか聞いたところ、「すごく違和感がある」と回答をいただいたことがあります。最も印象に残っているのは、奥さんが亡くなった日も記事を更新されたことです。担当者の方に「今日は休みましょうか?」と聞かれたが、「こういう時こそ更新しないと意味がない」と言われ、むちゃくちゃ寂しいとコメントされていました。当時からメディアの本質をよく分かっておられ、ひいてはファンを大切にする方だなと思っていました。亡くなられて、本当に寂しいです。

    スローハンドさん2018/01/24 12:28に投稿

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    そう思う!
  • 第二次星野政権だったと思いますが、投手陣の秋季キャンプが愛知県田原市のとある運動公園で行っていた時がありました。
    営業職だったので先輩と仕事の都合をつけて数回訪問。3回目にして星野監督と初遭遇。過去2回見た時の選手は明るく楽しいキャンプでしたが星野監督が来た3回目の空気の張りつめた感じと選手の目の色の変化が未だ忘れられません。
    星野監督がユニフォームではなくワインレッドのスウェットの上下で現れたので更に驚きました。

    Sugiさん2018/01/18 19:56に投稿

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    そう思う!
  •  鉄拳制裁も辞さない指揮官ぶりが印象に残っています。自身の野球観に明大の師、島岡御大の代打、救援に、「なんとかしてこい」と送り出した姿があり、自身が巨人戦に見せたような気迫を、選手に求めた結果だっただろうと思いました。

    手許 不如意さん2018/01/17 17:13に投稿

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    そう思う!
  • ドラゴンズの監督時代が一番印象に残っています、勝つことに飢えていたような気がします。選手時代の打倒巨人の姿も良かったですが監督としてドラゴンズを全国区にしてくれたのは、間違いなく星野さんです。阪神に行かれた時もさびしさはありましたがドラゴンズ監督としての実績が評価されたと嬉しかったですね、また五輪監督時も川上・岩瀬を起用した時は、やっぱりドラゴンズの選手のほうが使い勝手がいいんだなとも感じました。監督としての選手起用などを見ていますと類まれな演出家・プロモーターだと思います。
    ドラゴンズのことがおそらく一番気にされながら逝ってしまわれたのではないかと思います。謹んでご冥福をお祈りします。

    1993teioさん2018/01/17 16:58に投稿

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    そう思う!
  •  自分が生まれるずっと前の出来事。
     ショートを守っていた宇野勝選手が平凡なフライを「ヘディング」をした時、マウンドに立っていたのが星野さんだった。
     当時巨人は「連続無得点負け試合なし」の記録を更新中で、星野さんがそれを止めようと無失点投球を続けていた中であのプレーが出た。結局一塁走者が還ってしまい、悔しさを露にする星野さんが忘れられない。

    snoilさん2018/01/16 11:25に投稿

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    そう思う!
  • もう30年近く昔の話ですが、一度だけ食事をご一緒させて頂きました。
    想像以上のオーラ、威圧感を感じましたが、食事中の会話や気配りには凄く魅了されたました。
    当時、若かった私は『どうしたらこうゆう男になれるのだろう・・』と考えた事を今でも覚えています。

    カメさん2018/01/16 10:37に投稿

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    そう思う!
  • その時、私はおそらく小学校の高学年だったと思う。
    NHKの野球中継は東京六大学の明大戦を流していた。 
    マウンドに立っていたピッチャーは試合途中で何かに腹を立てて、ベンチへ引っ込んでしまった。
    プロ野球中継ですらそんな光景に出くわしたことがなかっただけに、小学生の私は度肝を抜かれた。 
    「こんな選手初めて見た❗」
    投げる姿がカッコいいとか目にも止まらぬ快速球で三振の山を築くとか、そんなありきたりのパフォーマンスとは次元の違うところに位置するその選手に私は心を奪われた。
    後年、その人物が中日から阪神の監督に就任した際には私も阪神ファンに転向した訳だが、そんな野球人に惚れ込んで約50年が経ったある日、彼「星野仙一」は我々を置いてきぼりにして、別の世界へ旅立ってしまったのである、あまりにも突然に。

    jazz1958さん2018/01/13 21:13に投稿

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    そう思う!
  • 落合を巨人に行かせまいと断行したロッテとの1対4や、そのライバル巨人との西本⇆中尾のトレードなどが斬新でした。腐りかかっていた西本と中尾は新天地で復活したし、ロッテに行った牛島も、あのトレードがなかったら今の自分はなかったと述懐してますからね。

    taruzakeさん2018/01/12 08:32に投稿

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  • 2003年日本シリーズ。
    勝利監督インタビューの言葉の力。
    「吉野が素晴らしい!」「3つも勝っちゃった!」
    特に観戦した第5戦は、いつまでも色あせない思い出です。
    少なくとも自分にとって、
    スポーツを楽しませるという枠で星野監督を越える人は現れないと思います。
    星野監督の率いる阪神を応援出来て幸せでした。
    ありがとうございます。

    コウさん2018/01/11 22:44に投稿

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