2018年01月24日(水)まで
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“燃える闘将”星野仙一さんの思い出を語ってください。

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 2018年1月4日、星野仙一さんが膵臓がんで亡くなられました。  選手としても監督としても闘志を隠さない姿で多くのファンに愛され・・・続きを表示

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中日監督

第二次星野政権だったと思いますが、投手陣の秋季キャンプが愛知県田原市のとある運動公園で行っていた時がありました。営業職だったので先輩と仕事の都合をつけて数回訪問。3回目にして星野監督と初遭遇。過去2回見た時の選手は明るく楽しいキャンプでした ・・・すべて読む

Sugiさん2018/01/18 19:56
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  • 小学6年時、修学旅行先の宿で槇原投球→バンスロー立腹→星野監督激怒の一部始終を観ていました。主目的はウッチャンナンチャンのバラエティ番組でしたがその番組内で乱闘の様子が放送されていた記憶があります。

    ディープインパクトさん2018/01/10 21:49に投稿

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    そう思う!
  • あえて辛口に。
    アメリカから来た審判を恫喝したことが、印象に残っている。
    子ども心にも日本人として恥ずかしい、と思った。
    闘志の出し方を間違えてはいかん、と言うことを学びました。

    karinさん2018/01/10 23:53に投稿

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    そう思う!
  • 私は名古屋市内に住んでいた小学二年生の時、ナゴヤ球場で星野仙一さんのプレーを一試合だけ生観戦する機会に恵まれました。
    父が職場仲間から巨人戦のバックネット裏席のチケット譲ってもらい、その試合の中日の先発投手が星野仙一さんでした。
    私は物心ついた時から、大の王貞治選手のファンでした。ですから、当時の自分にとっての星野さんは、正直なところいつも巨人に立ちはだかる手強く憎い存在でした。その試合での星野さんは王さんに本塁打を浴びてしまいました。
    今でも、その時の王さんの打球音とゆっくりベースを回る姿、星野さんのマウンド上で悔しがる姿はうっすらと記憶に残っています。
    私にとっては夢のような時間ではありました。
    しかしその反面、テレビで観ている星野さんにはいつも抑えられていたイメージしかなく、悔しい思いばかりさせられていたのは、今となっては懐かしく良い思い出です。
    星野さんには、天国でも野球に打ち込み、奥様とも仲良く過ごしていただきたいです。
    ご冥福をお祈りします。

    tokubohさん2018/01/10 20:40に投稿

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    そう思う!
  • 落合を巨人に行かせまいと断行したロッテとの1対4や、そのライバル巨人との西本⇆中尾のトレードなどが斬新でした。腐りかかっていた西本と中尾は新天地で復活したし、ロッテに行った牛島も、あのトレードがなかったら今の自分はなかったと述懐してますからね。

    taruzakeさん2018/01/12 08:32に投稿

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    そう思う!
  • 選手としての現役時代は残念ながら存じ上げません。VTRだけですね。
    監督としても、やはり中日時代が一番印象的です。
    ナゴヤ球場で試合に負けて扇風機を壊した場面。
    時に、涙をにじませて選手を迎えたり、インタビューに答えたりする場面。
    あの「あつい」(熱い闘志・情に厚い)人が上司なら頑張りたいと思わせる、思いたくなる選手がたくさんいらっしゃるのもわかる気がします。
    無念さもたくさんあると思いますが、今はゆっくり休んでいただいて、天国で奥さんと会えてたらいいですよね…。

    するのは苦手見るのは得意さん2018/01/10 23:15に投稿

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    そう思う!

  • 解説者時代にお仕事しました。印象に残っているのはトークショーを依頼したら「ギャラ同じで良いからTも連れてきていい?」って言われたことです(笑)一人では寂しかったのかな。

    HMクリーチャーさん2018/01/10 23:25に投稿

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    そう思う!
  • 名古屋の王様が、引き受けるわけなかろう。と思っていました。
    今となっては、たったの二年しか率いていないのに、濃密な変革期を見せてくれた名将に恥じない野球人でした。タイガースファンとして感謝です。
    ご冥福をお祈りいたします。

    たけまろさん2018/01/11 10:04に投稿

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    そう思う!
  • 2013年日本シリーズ第5戦。東京ドーム。
    楽天ファンの友達と試合を観戦した。
    6回から則本リリーフ登板。9回で同点にされるも、続投で延長10回4対2と劇的な勝利。
    試合後の星野監督のインタビューで自分含め観客は大いに沸き立った。
    あの時に観た闘将の勇姿は忘れられない。

    danhausさん2018/01/11 14:25に投稿

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    そう思う!
  • 2003年日本シリーズ。
    勝利監督インタビューの言葉の力。
    「吉野が素晴らしい!」「3つも勝っちゃった!」
    特に観戦した第5戦は、いつまでも色あせない思い出です。
    少なくとも自分にとって、
    スポーツを楽しませるという枠で星野監督を越える人は現れないと思います。
    星野監督の率いる阪神を応援出来て幸せでした。
    ありがとうございます。

    コウさん2018/01/11 22:44に投稿

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    そう思う!
  • その時、私はおそらく小学校の高学年だったと思う。
    NHKの野球中継は東京六大学の明大戦を流していた。 
    マウンドに立っていたピッチャーは試合途中で何かに腹を立てて、ベンチへ引っ込んでしまった。
    プロ野球中継ですらそんな光景に出くわしたことがなかっただけに、小学生の私は度肝を抜かれた。 
    「こんな選手初めて見た❗」
    投げる姿がカッコいいとか目にも止まらぬ快速球で三振の山を築くとか、そんなありきたりのパフォーマンスとは次元の違うところに位置するその選手に私は心を奪われた。
    後年、その人物が中日から阪神の監督に就任した際には私も阪神ファンに転向した訳だが、そんな野球人に惚れ込んで約50年が経ったある日、彼「星野仙一」は我々を置いてきぼりにして、別の世界へ旅立ってしまったのである、あまりにも突然に。

    jazz1958さん2018/01/13 21:13に投稿

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