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月給5万円で始まった甲府での17年。
石原克哉は“チームの母”だった。 

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渡辺功

渡辺功Isao Watanabe

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photograph byGetty Images/J.LEAGUE PHOTOS

posted2017/12/26 11:00

月給5万円で始まった甲府での17年。石原克哉は“チームの母”だった。<Number Web> photograph by Getty Images/J.LEAGUE PHOTOS

最終戦を終えて挨拶する石原克哉に、サポーターは一面の「7」で答えた。この景色を彼が忘れることはないだろう。

「このチームは克さんで成り立っている」

 石原の献身ぶりはピッチの外でも発揮された。

 新加入の選手がいち早く溶け込めるよう、さりげなく声を掛ける。後日「克さんのおかげで、すんなりチームに馴染めた」と振り返った選手は、ひとりやふたりではない。

 チームがアウェイの遠征中、帯同しなかったメンバー全員に声を掛け、食事に誘ったこともある。レンタル移籍中の選手に、連絡を取り合っている甲府の選手を尋ねると、必ず「克さん」との答えが返ってきた。電話口からの近況報告には、移籍先の試合を観て気づいたことや励ましの言葉が添えられていたそうだ。

 昇格争いや残留争いの佳境に、士気を高めようと「勝利ボーナス」がフロントから持ち掛けられたとき「チームの全員で勝ち獲る結果なのだから、試合に出た選手だけでなく、出られなかった選手たちのことも考えて欲しい」と、上層部に掛け合ったことさえあったと聞く。

 出番のない選手たちが不満を抱え、文句を言い、群れをつくって傷を舐め合い、その集団の居心地が良くなって、違った方向に進み始める……。チームが崩壊していく典型的なパターンだ。

 苦しい戦いが続く甲府のような立ち位置のチームであればなおさら、そうなる可能性は少なくない。ところが、どれだけ結果に見放されようと、どんなに防戦一方になろうと、甲府の選手がバラバラになったことは一度もなかった。

「このチームは克さんで成り立っている」と言う選手がいたが、闘将タイプのキャプテン・山本英臣が威厳にあふれた父ならば、石原克哉は慈愛に満ちた母だろうか。ふたりの絶妙なバランスのもと、チームはチームであり続けた。

「ミスター・ヴァンフォーレ」の称号が最高のタイトル。

「頑張った人が報われる。そういうクラブじゃないといけないよね」

「どんな形なのかは考えていないけど、自分を育ててくれた山梨のサッカー界に恩返しをしたいとは思っている」

 引退がまだ先のことだった数年前、そんな話をしていたことがあった。

 今シーズン、リーグ戦の出場はなく、チームはJ2降格。すべてやり切ったとは言えないのが本音だろう。望んでいたはずの結末にはならなかった。日本代表のキャップも、華やかな賞も手に入れることはできなかった。

 ただ、人は彼を「ミスター・ヴァンフォーレ」と呼んだ。どんな肩書や勲章にも換えられない。石原克哉の現役生活を振り返ったとき、この称号こそが最高のタイトルだろう。

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