F1ピットストップBACK NUMBER

サンパウロの墓参りは欠かさない。
今もブラジルGPが繋ぐセナとホンダ。

posted2017/11/19 07:00

 
サンパウロの墓参りは欠かさない。今もブラジルGPが繋ぐセナとホンダ。<Number Web> photograph by Honda

サンパウロ市内、モルンビーの丘の墓地で、ホンダのスタッフは今年もセナの墓に参った。

text by

尾張正博

尾張正博Masahiro Owari

PROFILE

photograph by

Honda

 アイルトン・セナとともに数々の栄光を手にしてきた歴史を持つホンダにとって、セナの母国で開催されるブラジルGPは、思い出深いグランプリだ。そのブラジルを今年、特別な思いで訪れたホンダのスタッフがいた。

 現在、ホンダF1のERSエンジニアとして働く岡田研だ。少年時代、レースから程遠い場所で学生生活を送っていた岡田が、この世界に興味を持つきっかけとなったのが、1988年のマクラーレン・ホンダの16戦15勝の活躍だった。

 その中心にアイルトン・セナがいた。

 2年後の1990年にホンダに入社した岡田は、翌'91年からF1の電装系を担当するエンジニアに抜擢され、テストでセナと仕事をすることになった。あこがれの存在だったセナとの初仕事に、岡田は会う前から興奮した。

 初仕事の日、ガレージに行った岡田の目の前にセナのヘルメットがあった。先輩に「これ触ってもいいですか?」と岡田が恐る恐る尋ねると、「いいけど、落とすんじゃないぞ」と笑われた。

セナの姿を間近で見て、憧れから尊敬に変わった。

 一緒に働いてみて、岡田はあらためてセナの秀逸さを知るようになる。

「移動の際にアイルトンがわれわれホンダのスタッフを空港などで見つけて、その中に自分の知りたい分野のエンジニアがいると、有無を言わさず助手席に乗せて、移動中に質問攻めにするんです」(岡田)

 あこがれだったヒーローが、じつは見えないところで必死に努力している姿を見て、岡田の心は単なる「あこがれ」から「尊敬」へと変化。自分もセナのために役に立とうと必死で仕事に取り組んだ。

 ところが、岡田がF1の仕事を始めて1年余りで、ホンダはF1活動の休止を決定した。

 さいわい岡田は、休止後も無限へエンジンを供給する部署に配属され、無限ホンダとしてF1活動に従事。いつの日か、再びセナと働く日が来ることを夢見て、仕事に励んだ。だが、その夢は'94年5月1日に打ち砕かれた。

【次ページ】 サンパウロを訪れると、セナの墓参りは欠かさない。

<< BACK 1 2 3 NEXT >>
1/3ページ
関連キーワード
アイルトン・セナ
岡田研
木村真也

ページトップ