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リーチ マイケル「2019年に“世界最強の選手”になるために」

posted2017/10/20 11:00

 
<BE ADAPTABLE!>リーチ マイケル「2019年に“世界最強の選手”になるために」<Number Web> photograph by ASICS

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村上晃一

村上晃一Koichi Murakami

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ASICS

 世界を驚かせた日本代表の南アフリカ代表戦勝利は「スポーツ史上最大のアップセット」とすら言われた衝撃のニュースだった。2015年9月~10月、英国で行われた第8回ラグビーワールドカップでの快挙は、2年を経た今も色あせない。

 その中心にいたのが日本代表のキャプテン、リーチ マイケルだった。29-32と南アフリカ代表リードで迎えた試合終了間際、日本代表は相手の反則によってペナルティーキックのチャンスを得る。

 この時、日本代表にはいくつかの選択肢があり、ペナルティーゴール(PG)を狙って同点にすることもできた。事実、エディー・ジョーンズヘッドコーチは「ショット!」と叫んだ。五郎丸歩にPGを狙わせろ、という意味だ。優勝候補の南アフリカと引き分けるだけでも歴史的快挙だ。最後のワンチャンスでトライが獲れるほど、ラグビーは甘くない。指揮官の叫びは当然だった。

 しかし、リーチは「俺が決める」と、スクラムを選び、トライ(5点)による逆転勝利にかけた。後に「ブレイブ・コール」(勇敢な判断)と称賛された判断だ。

NZでは週2回なのに、日本は猛練習。

 この判断については、さまざまな理由が語られたが、ともに戦った日本代表の大野均はこう語った。

「あの判断はリーチにしかできなかったでしょう。リーチは日本人選手の力を、誰よりも信じているからです」

 リーチは、ニュージーランド(NZ)南島クライストチャーチで生まれ育った。父はスコットランド系のNZ人、母はフィジー人。15歳の頃、交換留学生として札幌山の手高校にやってきた。日本からラグビー留学にやってきた選手の真摯な姿勢に感銘を受け、日本に興味を抱いたからだ。

 しかし、NZでは週に2回しか練習のなかったリーチにとって、日本の高校ラグビー部の猛練習は衝撃的だった。

【次ページ】 目標は2019年に「世界最強の選手」になること。

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