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シカゴでも「引退セレモニー」が開催。
なぜ井口資仁はメジャーで評価されたか。

posted2017/10/10 08:00

 
シカゴでも「引退セレモニー」が開催。なぜ井口資仁はメジャーで評価されたか。<Number Web> photograph by Kyodo News

ロッテの監督就任が噂されるが、「またこっち(米国)に来てユニホームを着たいというのが最終目標」と語った。

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四竈衛

四竈衛Mamoru Shikama

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 今季限りで日米通算21年間の現役生活にピリオドを打った井口資仁が9月28日、ホワイトソックスの本拠地で引退記念の始球式を行った。

 渡米1年目の2005年、「2番・二塁」のレギュラーとして世界一に貢献した日本人を、シカゴのファンは忘れていなかった。オーナーのジェリー・ラインズドルフ氏をはじめ、当時のオジー・ギーエン監督らのメッセージや、井口の好プレー集などがビデオで流される「引退セレモニー」を、地元ファンは総立ちの拍手で見守った。

ホワイトソックス世界一の原動力が井口の存在だった。

 わずか2年半の在籍ながら、ホワイトソックスで井口の存在感は際立っていた。

 それまでは、長打力頼みの豪快な野球がチームカラーだった。そこで、就任2年目のギーエン監督は自ら「スマート・ベースボール」と名付け、小技や機動力を織り交ぜたスタイルを目指し、改革に着手した。

 その象徴的な存在が、井口だった。

 日本で常に中軸を担っていた井口は、戸惑いを覚えながらも強力打線の中で「つなぎ役」に徹した。粘り強く待球し、右打ちで進塁打を重ね、点を線につなげる役割を果たし続けた。地区優勝を達成後、同監督が「今年のMVPは井口」と言い切るほど、自己犠牲の精神に基づく貢献度は絶大だった。

 その一方で、'09年、日本球界に復帰した井口は、日米両国の違いを後輩達に伝える意義を再認識した。

【次ページ】 「そういう選手を育てて、米国に送り込んでいきたい」

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