黒田博樹「自信がなくなりました。辞めます」

　また昨シーズン限りで引退した黒田博樹も高校時代、控え投手だったというのはよく知られている。まだメジャーリーガーになる前の黒田について、水本には忘れられない光景がある。

　ある年の福岡での試合、先発した黒田は逆転KOを食らった。その夜、水本とともに食事に出た若きエースは自分のピッチングに打ちのめされていたという。テーブルに着くと、こんなことを言い出した。

「もう辞めます」

「なんでや……」

「自信がなくなりました。辞めます」

　2人でうつむきながらの帰り道、コンビニに野球雑誌があった。その巻末に子供やアマチュアなどへ向けた野球教室の案内が載っている。黒田は突然、そこに電話をかけたという。

「『カープの黒田です。なんでもいいから教えて欲しい』って言うんですよ。あとから聞いたら向こうの人もびっくりして、冗談かと思ったと言ってましたけど……」

　いまやレジェンドとなった男が熱く、思いつめた夜である。

“水本二軍監督”という奇跡。

「僕らは、人は何かのきっかけで変わるというのを黒田や新井に見せてもらっているんですよ。最初はみんな何にも知らんでやっている。あいつらも最初はここにいた。そこから色々な人に出会って、こうなったんです」

　水本は再び、ガラス窓の向こうの選手たちへと視線を送った。そういうこの人も、じつは“奇跡”と呼ばれている。

　倉敷工からドラフト外、テストを経て入団したが、わずか2年でユニホームを脱いだ。一軍の舞台は1度も踏めなかった。ただ、すべてが始まったのは裏方、ブルペン捕手となってからだった。

　当時、投手陣の重鎮だった北別府学のボールを受けていると、200勝投手は途中でボールをたたきつけて、ピッチングを止めてしまった。

「もうええ！　止めや、止めや！」

　水本の捕球音が良くなかったのが原因だった。そういうことが度々あった。

　ところが、現役の捕手が受けている時はたとえ捕球音が良くなくても北別府は何も言わなかった。水本はそれがなぜなのか聞いてみた。

【次ページ】　北別府から浴びせられた厳しいアドバイス。