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女子マラソン安藤友香&清田真央。
「世界はそんな遠くない」の根拠。 

text by

柳橋閑

柳橋閑Kan Yanagibashi

PROFILE

photograph byNanae Suzuki

posted2017/08/02 11:00

女子マラソン安藤友香&清田真央。「世界はそんな遠くない」の根拠。<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

2人はスズキ入社後に里内コーチと作り上げた独特のフォームで、世界の強豪に肉薄できるだろうか。

キルワから横を走るように求めてこられた理由は?

 清田は世界陸上の派遣設定記録である2時間22分30秒切りを宣言。キルワに挑戦する覚悟を固める。

 じつは今回のレース、大会新記録を狙うキルワ向けと、前半は抑えて後半に上げていく選手向けに、2種類のペースメーカーが用意されていた。「どっちのペースで行ってもいいんだぞ」と言う里内に、清田は迷わず「先頭についていきます」と答えた。

 心も体も準備は整った。ただ、百戦錬磨のキルワが繰り出す攻撃は強烈だった。ペースメーカーを使った仕掛けに加え、給水時の細かいペースの上げ下げもしてくる。15km以降、清田はじりじりと先頭から離されていく。

 一方の安藤は、あまり腕振りをしない独特のフォームで、ひたひたとキルワを追いかける。ノーマークの選手がぴったり張り付いてくることに不気味さを感じたのか、キルワは何度も手でサインを出し、横を走るように求めてくる。

「スタート直後、キルワは一度転倒したので、足を引っかけられるのを警戒したんだと思います。でも、私をライバルとして認めてくれて、『横に来ていっしょに走りなさい』と言っているんだって、発想の転換をしたんです(笑)。『じゃあ、走ってやるわよ』と隣に並びました。実際、横で走れるのは光栄だし、このままやれるだけやってやろうと思いました」

 中間点でペースメーカーが外れると、勝負はキルワと安藤のマッチレースとなった。両者ともに一歩も引かない。どこまで行くのか――緊迫感が高まっていく。

コーチが天才肌だと思った安藤は、意外と繊細だった。

 安藤のここまでの道のりはけっして平坦なものではなかった。名門・豊川高では3年のときにキャプテンとして全国高校駅伝で優勝。実業団はチームミズノアスレティックから時之栖へと進むが、体制が移り変わる中で思うようにいかないシーズンを過ごす。そんなとき同じ御嶽山で合宿をしていたスズキの雰囲気を見て、「ここでやりたい」と初めて自分の道を自分で選ぶことになる。

 里内は、彼女のことを「天才肌の選手」と見ていた。実際、練習を始めてみると、重要なところでナーバスになってしまうことがあった。

 たとえば昨年の12月、徳之島へ合宿に向かう直前、安藤は「足が痛い」と言いだした。しかし、走れないほどの故障ではない。里内は安藤を残し、清田と2人で合宿へ行くことにした。1人になった安藤はそこで自分を見つめ直す。そして、里内に「合宿に参加させてください。本気でマラソンをやりたいんです」と申し出た。「また中途半端なことを言ったら帰すぞ」。里内は条件をつけた上で途中参加を許した。結果、5日間ではあったが充実した練習ができた。

【次ページ】 ターニングポイントとなった、1月の宮崎合宿。

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