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日本卓球界ニューヒロインの決意。
平野美宇「絶対的なエースになる」

posted2017/05/28 11:30

 
日本卓球界ニューヒロインの決意。平野美宇「絶対的なエースになる」<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

平野の16歳9カ月での全日本優勝は、'88年の佐藤利香の17歳1カ月を更新する史上最年少記録だった。

text by

城島充

城島充Mitsuru Jojima

PROFILE

photograph by

Nanae Suzuki

全日本選手権でエース石川佳純を破り、
16歳9カ月で史上最年少優勝。
卓球界に新たな歴史を刻んだ新女王が、
東京五輪へ向け、決意をあらたにした。
Number921号(2月9日発売)掲載の記事を全文掲載します。

「もっと強くなりたい。そのために、何をすればいいのだろう……」

 リオデジャネイロ五輪の女子代表3人が決まった2015年9月、代表の座に届かなかった平野美宇は、ひたすらそのことだけを考えていた。

 3歳から卓球を始め、7歳のときに全日本選手権バンビの部(小学2年生以下)で優勝し、天才卓球少女と騒がれた。中学からは実家のある山梨を離れ、東京のJOCエリートアカデミーへ。'14年3月にはドイツオープンで同学年の親友でもある伊藤美誠と組んだダブルスでワールドツアー史上最年少優勝を飾るなど、順調に力を伸ばしてきた。しかし、オリンピックの出場権をかけて争ってきた世界ランキングでは石川佳純、福原愛、そして伊藤に及ばなかった。

はるかに険しかった守備重視から攻撃型への転換。

「世界ランキングを上げるには、ワールドツアーで自分よりランキングが上の選手に勝って高ポイントを獲得しなければいけません。格下の選手には負けないけれど、逆に格上の強い選手に勝ちきるための武器が私にはなかった」と平野は振り返る。

「小さい頃から守備型で相手のミスを待つスタイルでプレーをしてきましたが、そのスタイルだと、世界のトップレベルの選手たちを倒せない。今の壁を突き破って'20年の東京五輪に出場するためには、プレースタイルを変えるしかないと思いました」

 守備重視のプレースタイルから、攻撃型へ。それは頭で想像していたよりもはるかに険しいチャレンジだった。

「手で反応するんじゃない。足でボールをとらえろ」

 '15年10月からコーチについた中澤鋭(るい)が最初に修正しようと試みたのは、体にしみついた癖だった。

【次ページ】 子どもの頃からプレーしたことで生まれた“弊害”。

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