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柿谷曜一朗よ、怖さを失ってないか。
代表復帰のために必要なこととは。

posted2017/05/24 11:00

 
柿谷曜一朗よ、怖さを失ってないか。代表復帰のために必要なこととは。<Number Web> photograph by J.LEAGUE PHOTOS

日本代表次世代のエース、と聞いて柿谷曜一朗を思い出す人は確かに減っただろう。しかし、彼のプレーは決して錆びてはいない。

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佐藤俊

佐藤俊Shun Sato

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 清武弘嗣、山村和也、杉本健勇がゴールを決め、大宮に完勝したセレッソ大阪。

 攻撃陣がセットプレーを含めてしっかりと得点を取り、Jリーグで2番目に失点が少ない守備陣が試合を締める。攻守ががっちりと噛み合っての勝利だったが、気になったのは8番のエースの影が薄かったことだ。

 今シーズンは、12試合で1得点。

「チームの勝利を優先しているんで」とクールに語るが、その能力の高さを考えるとゴール数がやはり少ない。いつしか日本代表候補にも名前が上がらなくなった。

 ロシアW杯まで、あと1年。

 ブラジルW杯の時、3戦目が終わった翌日、清武や山口蛍らとボールを蹴り「次は俺たちが中心になる」と誓い合ったあの日からもうすぐ3年を迎える。

 柿谷曜一朗は、このまま約束を果たせずに終わってしまうのか。

4年前、柿谷曜一朗は絶好調だった。

 2013年、ブラジルW杯の1年前、柿谷は絶好調だった。

 シーズン当初からゴールを決め、7月の東アジア杯で日本代表に初選出され、優勝がかかった韓国戦では自らの2ゴールで日本を優勝に導いた。「結果を出してワールドカップに出る」という思いは結果につながり、柿谷はザッケローニ監督の信頼を得て日本代表に招集されるようになった。そのシーズンは、34試合に出場し、21得点とキャリアハイの成績を残した。

 柿谷は野心に満ち、ゴールにもW杯にも貪欲だったのだ。

 ブラジルW杯ではコートジボワール戦、コロンビア戦に途中出場したものの活躍することができず、悔しい思いをした。その後、さらなる成長のためにスイスのバーゼルに移籍したが、なかなか結果を出せず、2016年にセレッソに戻った。

 ところが6月に右足首を負傷し、8月に手術するなど長期離脱。プレーオフでJ1昇格を決めたものの、シーズンを通してチームに貢献することができず、個人的にも20試合5得点と満足のいくシーズンではなかった。そうした状況では日本代表に招集されることもなくなった。

【次ページ】 能力自体が特別落ちたとは思わないが……。

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