フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER

「これからも笑顔を忘れず、前進を」
浅田真央が私たちに残した“レガシー”。

posted2017/04/12 15:00

 
現役最後の大会となった昨年末の全日本選手権、フリー演技。左膝の怪我を押しての出場だった。

現役最後の大会となった昨年末の全日本選手権、フリー演技。左膝の怪我を押しての出場だった。

text by

田村明子

田村明子Akiko Tamura

PROFILE

photograph by

Asami Enomoto

 4月10日、浅田真央が自身のブログで競技引退を発表した。

 予想されていなかったことではないとはいえ、彼女がスケート界に与えてくれたものの大きさを考えると、寂しさを感じずにはいられない。

 正直に言うのなら、四大陸選手権でも、ヘルシンキ世界選手権でも、記者たちが集まると、浅田真央はどうするのだろう、という話題は何度も出てきた。

 怪我で思うような滑りができずに、全日本選手権で12位という成績に終わった今シーズン。だが怪我さえ回復すれば、少なくともGPファイナルに進出した2015-'16年シーズンのレベルに戻すことは可能だと筆者は思っていた。日本女子が平昌五輪3枠を取れば、浅田にはまだ3度目の五輪出場の可能性もあるとも思った。だがヘルシンキ世界選手権で、日本代表3人はベストを尽くしたが、3枠確保はならなかった。これで浅田の五輪の夢は難しくなった、と思った。

五輪枠問題では誰に責任があるというわけではない。

 だが五輪3枠を取れなかったヘルシンキ代表の選手たちに責任がある、と受け止められると困る。

 3人中2人が初出場というプレッシャーの中で、彼女たちは精一杯のことをやった。中間層が予想以上に良い滑りを見せたこともあり、こういう結果になってしまったのは、勝負運が回ってこなかったと言うしかない。

 来シーズン、代表選考で苦しむのは自分たちだということを何より理解していたのは本人たちである。必死で戦った結果なのだから、恥ずべきことは何もないと思う。スポーツの現実的な厳しさだ。

【次ページ】 悔いの残らない最高の演技を、もう何度も見せてくれた。

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