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現役名人がコンピューターに負けた。
将棋電王戦が、人間同士と違う部分。 

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茂野聡士

茂野聡士Satoshi Shigeno

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2017/04/09 08:00

現役名人がコンピューターに負けた。将棋電王戦が、人間同士と違う部分。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

PONANZAが考えた初手を「電王手一二さん」という名前のマシンが打つと、佐藤名人は天を見上げた。この日一番大きく表情が動いたのはこの瞬間だった。

競技を楽しむための要素は「競技性」と「人間模様」。

 スポーツに限らず、いわゆる囲碁やポーカー、ダーツ、e-sportsなどといったマインドスポーツに共通することだと思うが、対人競技を楽しむための大きな要素に「競技性」と「人間模様」があるように感じる。

 前者をスポーツで表現すると、「バルサのようなパスワーク」、もしくは「夢の4割打者」、「マラソンで2時間台を切れるか」などの抜きんでた成績がそれにあたるだろう。もちろん人間同士の対局でもハイレベルな攻防が行われているが、PONANZAが人間とはまた違う独創性、正確無比な差し回しは今まで人間が培ってきたものを凌駕するという意味で、間違いなく衝撃を与えている。

 ただ、対局中に将棋盤を挟む棋士2人の人間模様にも、将棋という競技の魅力があるのだと思う。

思考をめぐらす姿と、ショートケーキを頬張る2人。

 それを感じたのは電王戦から1週間経たずに始まった名人戦第1局である。ブラウザ上で動画を見ていて、その魅力を再確認した。

 序盤ながら中盤以降の数十手を読み合う佐藤名人と、稲葉陽八段が思考を巡らせる表情もそうだし、頭脳の体力回復を計る「おやつ」の時間に出されたのが2人ともショートケーキで、将棋盤を挟んで2人が真剣な表情で食べていた。真剣勝負だけど何かユーモラスな、それでいて目の離せない空間が広がっていた。

 もちろんコンピューター将棋に関しても、プログラマーそれぞれのキャラクターは立っている。特に今回のPONANZAを開発した山本一成氏(東京大学大学院)は対局後の会見でも終始笑顔を浮かべつつ、「相手の攻撃に対して、歩でカウンターを狙っていったのには“こんなことができるんだ”という思いでした」と語るなど、純粋に対局を楽しみ、なおかつプロ棋士へのリスペクトも忘れないパーソナリティを持っている。

 ただ、棋士が意外な一手を指したり、もしくはシステムに多少の不具合があったりしても、「電王手一二さん」が困ったような表情を浮かべることはない。逆に勝負手を指した瞬間なども然りだ。とはいえ今後は、喜怒哀楽を浮かべるようなテクノロジーの進化があるのかもしれないが。

【次ページ】 名人戦と並行して、電王戦に挑んだという勇気。

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佐藤天彦
PONANZA

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