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父が夢見たレイカーズ像を娘が継承。
再建はマジック・ジョンソンと共に。 

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宮地陽子

宮地陽子Yoko Miyaji

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photograph byYoko Miyaji

posted2017/03/20 08:00

父が夢見たレイカーズ像を娘が継承。再建はマジック・ジョンソンと共に。<Number Web> photograph by Yoko Miyaji

ジニー(中央)、ジャニー(右)、そしてペリンカの妻。低迷しているとはいえ、レイカーズを思う気持ちは同じである。

兄を解任し、マジック・ジョンソンを責任者に。

 そんな閉塞感が一変する大ニュースが、NBAオールスター明けの2月21日、ロサンゼルス、そしてNBA中を駆け巡った。

 ジニー・バスがチームの強化・運営責任者を入れ替える決断をしたのだ。兄のジム・バスと、GMを長年務めたミッチ・カプチャックを解任し、代わりに、2月上旬にチームのアドバイザーとしてレイカーズに戻ってきていたマジック・ジョンソンを責任者に就けた。

 '80年代のショータイム・レイカーズのスター選手だったマジックの復帰は、それだけでファンを興奮させる人事だったが、それ以上に重要だったのは、ジニーがレイカーズの最高責任者として、本格的に動き始めたということだった。

 ジニーは、人事刷新の理由を次のように語った。

「パープル&ゴールド(レイカーズのチームカラー)のスタンダードで考えると、現状のまま留まることは受け入れられなかった。(最近3シーズンのシーズン成績が各82試合中)27勝、21勝、17勝となり、(チームの伝統が)むしばまれていくのを見ているだけというのは、レイカーズ・バスケットボールのあり方ではない。変化が必要だった」

「これはとても難しい決断でした。とても難しかっただけに、少し待ちすぎてしまったかもしれません。そのことでは、レイカーズ・ファンにお詫びします」

父が下せなかった難しい決断を下し、ビジョンを実行。

 血の繋がった兄、自分と同じように父を尊敬し、父のようになりたいとの思いが強い兄を解任することは簡単ではなかったが、経営責任者として、レイカーズを守るために必要な決断だった。父がチームの岐路に下してきたような、思い切った経営判断だった。

 マジックはジニーにとって、血縁こそないが、実の兄以上に兄のような存在だった。マジックが19才でレイカーズに入って以来、ドクター・バスはマジックを息子のように大事にしてきた。マジックはドクター・バスからビジネスを学び、今ではいくつもの事業を成功させてきたビジネスマンでもある。

「ドクター・バスから、ジニーと自分がチームを運営していくというビジョンを語られたことがあった」とマジックは振り返る。ただ、当時は実の息子たちを差し置いてマジックが運営の指揮をとることは難しいというのが、ドクター・バスとマジック揃っての意見だったため、実現しなかった。そう考えると、今回、ジニーは父が下せなかった難しい決断を下し、父のビジョンを実行に移したということになる。

【次ページ】 10年前も協力しあい、考えを交換し、耳を傾けた。

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