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11年ぶりのレスリング復帰戦で優勝。
永田克彦が我が子に見せた父の背中。
text by
永田遼太郎Ryotaro Nagata
photograph byYusuke Nakanishi/AFLO SPORT
posted2015/12/31 12:30
レスリング全日本選手権グレコ71kg級の表彰台にて。左から、倉野真之介(24)、永田克彦(42)、山本貴裕(20)。
長男は「僕もお父さんみたいになりたい」。
試合の前日、永田は宿泊先のホテルから家族にテレビ電話をかけた。
モニターの向こう側では息子たちがいつもと変わらない笑顔で話しかけた。
「お父さんはマットに上がるとき、ドキドキしないの?」そう質問したのは次男だ。
すると永田はこう答えた。
「お父さんは慣れているからドキドキしないよ」
子供は現在3人。まもなく誕生日を迎える6歳の長男と5歳になる次男は、永田の主催する格闘スポーツジム「レッスルウィン」でレスリングをはじめている。
「(長男は)どちらかというと練習でも気持ちを押し殺して黙々とやるタイプです」とは優華さん。次男とは違って、レスリングのことを父にあまり質問することがない少し引っ込み思案な面もあるそうだが、父が戦った今回の全日本選手権を見てこんなことを漏らしたという。
「僕もお父さんみたいになりたい。だから次の試合は絶対勝ちたいんだ」
優華さんは一瞬、耳を疑ったと言う。と同時になんだか嬉しかった。最近では試合にも出場するようになった長男。しかし思うような結果が出せず、少し落ち込んでやしないかと心配になっていたからだ。
息子たちに植えつけた「強いお父さん」の記憶。
当然、そのことは父である永田も知っていた。
そんな息子たちに、自身が戦う姿を見せたいと今回の全日本選手権に臨んだ。父が人生の多くの時間を割いてきたレスリングで、総合格闘技ではなくあえてレスリングで戦う姿を、子供たちに見せておきたかったのだ。
「僕が優勝しない限り、どこかで負ける姿を子供たちに見せるわけじゃないですか? だから全部勝つ姿を見せられた、子供たちに残る記憶として勝つ姿を最後に見せられたのが今回一番良かったと思うんです」
顔面を真っ赤に腫らしてはいたが、その表情はいつもの優しいお父さんの顔に戻っていた。
子供は父の背中を見て育つというが、彼の子供たちはこの先何を見て、どう育っていくのだろうか。