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ボルトが自分ではなく人間と闘った。
最大のライバルに勝利したその心中。 

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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photograph byAFLO

posted2015/08/24 11:40

ボルトが自分ではなく人間と闘った。最大のライバルに勝利したその心中。<Number Web> photograph by AFLO

スタートでガトリンの計算が狂った。

 陸上の男子100メートルは、世界でもっとも密度の濃い10秒間を提供してくれる。たった10秒の中に、数々のドラマが展開するからだ。

 決勝、まずはボルトがスタートを決めた。

 もともと、長身のボルトはスタートにハンディを抱えている。加速に入るまで、どうしても人よりも長い時間を必要とする。4年前、大邱でフライング失格をしたのもメンタル面でのトラブルが伏線となった。今回も、準決勝のスタートでつまずいたことでプレッシャーは増幅していたはずだ。

 ところが、スタートで失敗したのはガトリンだった。

 ガトリンのリアクションタイムは、決勝を走った9人の選手のうち7番目である。これで計算が狂っただろう。

 それでも最もスピードが出る中間疾走では、ふたりは互角となった。ガトリンの好調ぶりはここでもうかがえた。

ボルトにガトリンの姿が見えたということは……。

 残り20メートルを切っても互角。オリンピック、世界選手権の場で、ボルトのレースがここまでもつれたケースは記憶にない。しかし、ここから「ラストに強いボルト」という財産が生きる。ガトリンは現実のボルトに加え、これまでボルトが積み上げてきた幻影とも戦わなければならなかったからだ。

 ラスト5メートルで、ガトリンの足がもつれた。その瞬間をボルトは見逃さなかった。

「ガトリンがコケそうになったのが見えたんだ」

 このコメント、実は奥が深い。

 これまで、残り5メートルの地点までいけば、ボルトは他の選手の背中、姿を見ることはほとんどなかったからだ。ガトリンの様子が見えていたということは、ボルトにも敗戦の恐怖があったかもしれない。

 しかし、技術面で破綻をきたしたのはガトリンだった。ボルトに勝てるという甘い誘惑が聞こえたのか。それとも、並んでいるプレッシャーに押しつぶされたのか。

 ゴール。

 ボルト、9秒79。

 ガトリン、9秒80。

 0秒01の差ではあったが、ボルトの勝利は疑うべくもなかった。

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