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名古屋場所に進退を掛けた旭天鵬と若の里の絆とは。
~対戦を夢見た「最後の同期生」~ 

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佐藤祥子

佐藤祥子Shoko Sato

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photograph byKYODO

posted2015/08/03 10:40

名古屋場所に進退を掛けた旭天鵬と若の里の絆とは。~対戦を夢見た「最後の同期生」~<Number Web> photograph by KYODO

40歳10カ月で名古屋場所に出場した旭天鵬は昭和以降3位の「高齢幕内力士」ともなった。

 梅雨が明け、熱い日差しが照りつける7月の名古屋場所。初日を翌日に控えた旭天鵬は、しみじみと語っていたものだった。

「ここんとこ毎場所、いつ辞めてもいい覚悟で上がっているからね。もう、1日1日を楽しんで、目に焼き付けるように土俵に上がる気持ち。5月場所でも、3連敗した10日目、嫁さんに、『今場所で終わるかもしれないから。覚悟しといて』と言ったんだけど、どうにか勝ち越せた。これからもその繰り返しかなぁ。もちろん、引退は考えると本当に寂しいけど、誰にでもいつかは来ることだしね。しょうがないよね……」

 そう言い終えると、痛む腰の治療のため、いつのまにかその姿を消していた。

「十両に陥落したら引退」とかねてから公言していた旭天鵬。数々の記録を塗り変えているが、この7月場所でも魁皇の107場所に次ぐ「幕内在位99場所」を更新し、通算黒星の数でも、寺尾が持っていた938敗の最多記録を超えた。

 '92年2月、17歳で旭鷲山らと来日。モンゴル出身力士のパイオニアとして、後進の道筋を作る。'05年には日本国籍を取得した。

 同期生には、西十両11枚目の地位で奮闘していた元関脇の若の里がいる。こちらもまた幕下陥落の危機を迎え、進退を掛けて臨んだ名古屋場所だった。

昨夏、満面の笑みで交わしたふたりの会話。

 そんなふたりが昨年の夏、満面の笑みで交わしていた会話を、今、思い出す。

旭天鵬「ここまできたら、若の里には“ラストサムライ”じゃないけど、俺たち同期生のなかで一番最後の力士になってほしいんだよな」

若の里「そっちのほうがまだまだイケるでしょ」

旭天鵬「いや、自分がラストになりたい気持ちもあるけど、俺のほうが2歳上だから、どうしたって不利じゃない?」

若の里「こっちはボロボロだけど、オレはもう1回対戦したいんだよ。そうだ、敬老の日にでも対戦したいよね(笑)」

 互いを励まし合ったふたりの、24回目の暑い名古屋場所は、ともに負け越しに終わった。旭天鵬は引退を表明し、年寄「大島」を襲名。初のモンゴル出身親方として角界に残る。若の里は「夏巡業を最後の花道としたい」と、引退会見はその後に予定している。41歳と39歳、ふたりの「最後の同期生対決」は、叶わぬ夢となった――。

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