詳説日本野球研究BACK NUMBER

史上初、プロに六大学出身監督ゼロ!
成績でも押される名門リーグの苦悩。 

text by

小関順二

小関順二Junji Koseki

PROFILE

photograph byNIKKAN SPORTS

posted2015/06/08 10:30

史上初、プロに六大学出身監督ゼロ!成績でも押される名門リーグの苦悩。<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

5月30日、慶応大を下し東京六大学野球春季リーグで6季ぶり、44度目の優勝を果たした早稲田大。大学選手権では、東都を中心とした他リーグの代表校に対し真価を発揮できるか。

三原、水原、鶴岡など六大学出身の名監督がいた。

 プロ野球が成熟期に差し掛かった1960年代でもこういった状況に変化はない。

 たとえば'63(昭和38)年には東京六大学リーグ出身者が、阪神・藤本定義(早稲田大)、中日・杉浦清(明治大)、国鉄・浜崎真二(慶応大)、大洋・三原脩(早稲田大)、近鉄・別当薫(慶応大)、阪急・西本幸雄(立教大)、南海・鶴岡一人(法政大)、東映・水原茂(慶応大)と8人いて、東大を除く早慶明法立OBが名を連ねている。ここに登場する三原、水原、鶴岡は長らく「三大監督」と言われ、西本も名監督の名をほしいままにしているので、東京六大学リーグOBの監督としての力量・資質は確かなものだった。

 東京六大学リーグ出身の監督が少なくなったのは最近だ。パ・リーグは'95、'04、'05、'07、'08、'09年、セ・リーグは'11年以降ずっと、東京六大学出身の監督がいない。大学野球の勢力図の変化にその原因を求めてもいいだろう。

東京六大学が成績の面で劣勢になったのも平成以降。

 六大学に所属する大学の劣勢が明らかになったのも平成以降のことだ。過去26年間、東京六大学リーグ代表校の全日本大学野球選手権(以下大学選手権)、明治神宮野球大会(以下神宮大会)の決勝進出は、大学選手権が7回(優勝4回)、神宮大会が16回(優勝6回)である。勝率は大学選手権が49勝22敗.690、神宮大会が46勝18敗.719と大学野球の盟主に恥じないものだが、東都大学リーグはさらに上を行く。

 大学選手権は78勝14敗.848(優勝12回)と東京六大学リーグを圧倒し、神宮大会は拮抗しているものの41勝16敗.719(優勝10回)と上回っている。両リーグの代表校による直接対決は平成以降、大学選手権で4回、神宮大会で6回あり、大学選手権は3勝1敗、神宮大会は5勝1敗とそれぞれ東都が勝ち越している。

 ちなみに平成以降、プロ野球の監督として指揮を執った両リーグのOBは東京六大学が19人、東都が11人である(中退を含む)。これは、各球団のフロントが実質よりも華やかな球歴を好む傾向が強いためだろう。

 平成以降監督に就任した東京六大学リーグOBは藤田元司、長嶋茂雄、星野仙一、山本浩二、岡田彰布、高田繁、杉浦忠、田淵幸一などで、これに対して東都大学リーグOBは和田豊、達川晃豊、野村謙二郎、小川淳司、真中満、古葉竹識、大矢明彦、中畑清、伊原春樹、石毛宏典、大石大二郎と寡黙な仕事人タイプが多い。スター監督か必殺仕事人か、監督選びがここへきて大きな曲がり角に差し掛かっていることは間違いない。

【次ページ】 大学選手権で特別扱いされなくなった六大学と東都。

BACK 1 2 3 4 NEXT

プロ野球の前後の記事

ページトップ