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輝き続けた“雑草魂”。長島圭一郎が見せた勇姿。
~バンクーバー五輪・銀の悔しさ~ 

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矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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photograph byJMPA/Asami Enomoto

posted2015/05/16 10:30

輝き続けた“雑草魂”。長島圭一郎が見せた勇姿。~バンクーバー五輪・銀の悔しさ~<Number Web> photograph by JMPA/Asami Enomoto

 '10年バンクーバー五輪スピードスケート男子500mで銀メダルを獲得するなど、3大会連続の冬季五輪出場で日本の“お家芸種目”を引っ張ってきた長島圭一郎(日本電産サンキョー)が、昨季限りでの現役引退を発表した。

 W杯500mでは通算13勝。かつては1000mも強く、'09年に出した日本記録は今も破られていない。短距離2種目の総合で争う世界スプリント選手権でも'09年に銀、'10年に銅を獲得している。

 スケートの実力はもちろんのこと、開けっぴろげなコメントも魅力の一つだった。'14年ソチ五輪の代表発表が行なわれた'13年末の長野・エムウェーブ。長島は、飄々とした口調で言った。

「ソチは3回目の五輪。五輪に3回出てダメなら才能がないということです」

 弱冠20歳だった'05年に世界記録(当時)を出した同僚の加藤条治との対比から、

「エリートじゃないとか、雑草魂とか言われていた」という長島だが、

「そのときは自分も同調していたけど、本当はセンスがあると信じていた」。

「銀では才能を示したことには……。1番以外は一緒」

 強気を裏付ける経歴がある。北海道池田高校2年までは長距離選手だったが、3年の秋に短距離に転向すると、わずか3カ月後に高校王者になった。順風満帆な成長過程の中、23歳で初出場した'06年トリノ五輪では500m13位、1000m32位と惨敗し、涙したが、そこからは悔しさをバネに飛躍的に力をつけた。

 腰の低い、大きな滑りをマスターし、オランダチームのコーチから「ジェレミー・ウォザースプーン(カナダ)とシャニー・デービス(米国)と長島の滑りを合わせたのがスケートの完成品だ」と言われたのは'08-'09シーズンの出来事だ。

「純粋にうれしいと思った」という長島は加藤と競いながらバンクーバーを目指し、ライバルを上回る銀メダルに輝いた。

 だが、それでは満足できなかった。

「銀メダルでは才能を示したことにはならない。1番以外は一緒」

 最後の五輪となったソチでは6位に終わり、再び涙に暮れた。しかし、「みんなが見入ってしまうレースをしたい」という願いは、叶えられている。

 幅1mmの刃にすべてのパワーを伝え、60kmのスピードで氷上を疾駆する。世界のトップたちが称賛した長島の滑らかなフォームが、脳裏から離れない。

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