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その出会いは“運命的”。キャブスで再び集った師弟。
~ロシア発、NBA行きの数奇な運命~ 

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宮地陽子

宮地陽子Yoko Miyaji

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photograph byAP/AFLO

posted2015/03/19 10:00

その出会いは“運命的”。キャブスで再び集った師弟。~ロシア発、NBA行きの数奇な運命~<Number Web> photograph by AP/AFLO

 思えば、デビッド・ブラットとティモフェイ・モズコフにとって、11年前の出会いは運命的なものだった。今ではクリーブランド・キャバリアーズのヘッドコーチとスターティング・センターとなった2人だが、当時はヨーロッパを渡り歩くコーチと無名の17歳。ブラットがコーチしていたロシアのクラブチーム社長が、モズコフの実力を見たいと、ある日練習に呼んだのだ。まだ粗削りで不器用だったが、すでに210cm近くまで育っていた大きな身体はブラットの印象に強く残ったという。

 それから5年後、ロシア代表のヘッドコーチになっていたブラットは、所属チームであまり出番のなかったモズコフを代表に抜擢し、世界の舞台に引っ張り出した。モズコフはその期待に応えて活躍、翌年にはニューヨーク・ニックスと契約している。'12年のロンドン五輪では共に銅メダルを獲得した。

「デビッドは僕のプレーをよく理解してくれている。多くの実績があるすばらしいコーチだ」とモズコフは言う。

11年前にブラットとモズコフが出会ってなければ……。

 モズコフがトレードでキャブスに加入したのは、ブラットがNBAヘッドコーチ1年目の荒波にもまれていた1月のこと。チームは連敗し、小さなミスや出来事が実際以上に重大事として取り上げられ、ブラットのNBAコーチとしての手腕を疑う声すら出始めていた。

 そこに、ブラットをコーチとして信頼し、彼のシステムを理解しているモズコフが入ってきた意味は大きかった。相変わらず大きな身体で、11年前よりずっと器用でアクティブに動く選手に成長した彼は大きな戦力でもあった。モズコフ加入前は19勝17敗だった成績も、加入後は22勝8敗(3月11日現在)と好転した。

 モズコフの加入だけがチーム好転の理由ではなく、レブロン・ジェイムズの復帰など、他にも要因はある。とはいえ、そのジェイムズもモズコフを「ただ大きいだけでなくプレーの仕方をわかっている」と称賛し、元チームメイトで親友のジドルナス・イルガスカスと並べて語るほど敬意を示しているのだから、いかに大きな加入だったかがわかる。

 もし11年前にブラットとモズコフが出会っていなかったら、2人の運命は変わっていたかもしれない。少なくとも今のキャブスはなかった。それは間違いない。

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