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「自分は何人でもない、サラエボっ子だ」
~『オシム 終わりなき闘い』を読む~ 

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幅允孝

幅允孝Yoshitaka Haba

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photograph byWataru Sato

posted2015/03/04 10:00

「自分は何人でもない、サラエボっ子だ」~『オシム 終わりなき闘い』を読む~<Number Web> photograph by Wataru Sato

『オシム 終わりなき闘い』木村元彦著 NHK出版 1500円+税

 オシムって、何だかやはり偉い人らしい。そんな認識でしかなかった僕ら日本人の横っ面をパーンと叩くような壮絶で骨太なノンフィクションが本書だ。確かにイビツァ・オシムは、祖国ボスニア・ヘルツェゴビナW杯出場のため、不自由な体に鞭打って分裂したサッカー協会の取りまとめに奔走した。

 ムスリム、クロアチア、セルビアの3民族が交代で国家元首を務める体制をそのまま併用していたボスニアのサッカー協会。一見、公平に思えたそのシステムは、自民族の利益と保身ばかりを優先した運営にしかならなかった。その結果、FIFA加盟資格の取り消し処分を受け、国際大会への出場が禁止。念願だったW杯初出場も遠のいたように思えた。

サッカーだからこそ可能な対話を探ろうと泥臭く抗う。

 そんな状況の中、「正常化委員会」の長として登場するのがオシムなのだが、この本で強調されるのは彼の理知的なカリスマ性ではない。母国の複雑な磁場に悩み苦しみながら、サッカーだからこそ可能な対話を探ろうと泥臭く抗う信念の男。それが、オシムの本質だった。

 2013年10月15日。アウェイのリトアニア戦で辛勝し、初のW杯出場を決めた瞬間はとてもエモーショナルな物語として描かれる。オシムの涙と彼を支える妻アシマとの関係も含めて。けれど、この本はその労苦の根っこを徹底してあぶり出すから傑作なのだ。ここまで一つの国の人間が傷つけ合い、苦しまなければならなかった理由とは? そして、それを他国の話で終わらせず、日本にも広がる差別問題とも重ね合わせる程、著者の筆圧には強い意志が籠っている。

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