思い出のアジアカップについて語ろう!

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 現在アギーレジャパンが2連覇をかけて戦っているアジアカップ。  '90年代以降だけでも、振り返ればそこには多くの死闘がありました。 ・・・続きを表示

●1992年日本大会 (優勝/オフト監督)
●1996年UAE大会 (ベスト8/加茂監督)
●2000年レバノン大会 (優勝/トルシエ監督)
●2004年中国大会 (優勝/ジーコ監督)
●2007年東南アジア共催大会 (4位/オシム監督)
●2011年カタール大会 (優勝/ザッケローニ監督)

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  • 伝説の名波のボレー、忘れられません。
    未だに僕の中では歴代ベストゴールです。
    職場でさえも話題になりました。

    翌年仕事の関係でヨルダンに赴任するのですが、初戦で当時の中東の雄サウジを4-1(でしかた?)と蹴散らしたのが、自国でもないのにまだショックだったらしく、「でも決勝では1-0とほぼ引き分けだった」と支離滅裂な言い訳を現地の方に言われたのが忘れられません。

    オフトジャパンの初優勝は本当に嬉しかった。ほっぺたをつねって夢じゃないよな?と確認したくなるくらい、現実感がありませんでした。どちらか迷いましたが、アウェー中東の地で完勝したレバノン大会に一票です。

    上述のようにアジア中に衝撃を与えた、日本サッカーのアジアでの格付けを一気に特Aに持ち上げた大会でした。ここから自国ワールドカップに向けて加速的に盛り上がっていったあの空気も含めて、単なる優勝以上の大きな事を成し遂げたと思います。

    もっとごーさん2015/01/21 09:12に投稿

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    そう思う!
  • ぱっと思い浮かんだのが
    セルジオ越後の「やったーやったー勝った勝ったー」
    なんだこの日本語足らずのおっさんの応援はと印象に残った。

    試合内容ではそれぞれの大会に印象深いシーンはあったが、優勝候補の日本に対する中国のアウェーの洗礼というか品のない妨害行為はひどすぎたので

    TORONCOさん2015/01/21 18:01に投稿

    3
    そう思う!
  • なんといっても2004年の準々決勝、対ヨルダン戦のPK戦、川口選手の神がかりなセーブの連続です。苦しんで苦しんでのPK戦、それも絶対絶命まで追いつめられたところからの劇的な展開ですから、とても会心の出来、いい試合だったとは言えないかもしれません。
    しかし、あの連続セーブは応援する側もどこか諦めかけた気持ちを奮い立たせてくれましたし、あんな劇的で印象的な試合はそう出会えるものじゃないと思います。
    続く準決勝のバーレーン戦も、後半ロスタイムの中澤選手の劇的な同点弾から玉田選手のゴールで勝って。

    そういう点ではこの大会、楽な試合なんて1つもなかったはずだけどその分、ひとつひとつの試合や出来事がすごく印象的になっているのかなあ、と思います。

    するのは苦手見るのは得意さん2015/01/20 23:32に投稿

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    そう思う!
  • 準々決勝ヨルダン戦。
    PK戦での絶体絶命の状況を救った川口の神懸かったセーブ。
    日本サッカー界のみならず、あらゆる日本スポーツ界の歴史の中でもベストシーンの一つ。

    わんすけさん2015/01/21 17:21に投稿

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  • 現主将の長谷部が1G1Aあげた2011大会。

    ADDITIONAL TIMEでのショートコーナーの香川からのパスを直ぐ逆側の吉田めがけてクロス。
    また、自身もゴール隅にミドルを入れた大会。

    Comigo Saitoさん2015/01/28 01:14に投稿

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    そう思う!
  • 何といってもあの重慶の酷熱の夜のPK戦。中村俊輔と三都主が続けて外して絶体絶命になりそこからあのドラマは始まった。

    キャプテン宮本のエンド替えの要求に主審が応じエンドを替え、続いて川口に神が降りた。あのエンド替えはジーコですら「長いサッカー人生で初めての経験」と語り、宮本は「替えて貰えるとは殆ど期待していなかった。ただ何か空気を変えたいと思ってダメもとで申し出た」と述懐していた。

    ちなみにあの大会は中国との決勝で勝って優勝したけど決勝戦よりも
    ずっとインパクト強く記憶に残っている。

    あのヨルダンのGKシャフィーとは今回も対戦しましたね。なんか懐かしくて憎めないキャラの選手です。

    torikoさん2015/02/01 12:38に投稿

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  • やはり、2011年カタール大会の、李忠成のボレーシュート
    これに尽きる。
    今、戦っている日本代表選手もアジア大会を経験した選手は多い。(長友のすばらしいセンタリングも決勝点に繋がった)
    2015アジア大会を終わりとせず、常に上を狙っていける日本代表であるといい。
    アギーレ監督の笑顔も、待っていた得点も生まれている今の日本代表は、次への階段を一歩、一歩踏みしめて歩いている。
    しっかり足元を見て戦っている選手達といっしょに、同じ気持ちで頂点を夢見る、が相手もそうだ。
    そして、アジア大会では何かが起きる。その経験を踏まえ、最後までアギーレ監督と代表選手達の試合をこれからも見つめていきたい。
    その道標を多くの人々と創り上げていければ、日本のサッカーも多くの方々が興味を持ってくれる。
    人が、サッカーや文化を築いていく。
    日本サッカー協会はその事を忘れない事だ。

    MinnadeVさん2015/01/20 21:46に投稿

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  • 準々決勝ヨルダン戦のPK戦です。当時も今も、アジアの勢力図は変化が目まぐるしく、想像を越えた展開がいつ見られるか分からない。と、痛感した試合でした。油断してライブで見なかった事を今でも悔いています。アジアに限らず、「サッカーは面白い」という本質を最も感じさせてくれた試合の一つです。

    kentaさん2015/01/23 02:30に投稿

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  • 基本は、92年でしょう。
    地元開催ではあったけど、初制覇したことが日本サッカーに
    大きく貢献したことは誰の目にも明らか。
    ここから、サッカーに可能性を感じたといっても過言ではない

    あとは、抗議でPK場所が変わって結果勝ったという、珍しい
    光景はある意味印象に残ってるけど、世界的には普通無い

    サウジアラビアのように、趨勢と凋落がはっきり見えてしまう
    チームもあるし、日本は同じようにならないで欲しい

    政治的・人種的な批判は反映されやすい大会ではあると思う
    その中で勝ち上がっていくのは、W杯予選よりある意味難しい
    ことだと思う

    kmcstartさん2015/01/24 13:20に投稿

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  • 当時、修学旅行で中国に…。
    観戦を諦めていたのが、なんとホテルのTVで日本戦が!
    しかもなぜか日本語放送!

    クラスメイトと一緒に名波のビューティフルボレーに大絶叫!
    「レフティからレフティへ!」のフレーズとあの美しいゴールは忘れられません。

    ろべるとさん2015/01/31 01:43に投稿

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