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<歴代優勝経験者が語る> アジアを制するために必要なもの。 ~川口能活/三浦淳寛/望月重良~ 

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戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

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photograph byTadashi Shirasawa

posted2015/01/15 11:50

<歴代優勝経験者が語る> アジアを制するために必要なもの。 ~川口能活/三浦淳寛/望月重良~<Number Web> photograph by Tadashi Shirasawa
日本はこれまで4度、アジア杯王者に輝いた。その頂点までの道程を知る、
かつての代表選手3人の言葉から、優勝のカギを読み解く。

 W杯を区切りとする4年という時間軸で考えれば、アジアカップはひとつの「点」である。それでも、重要な過程となるのは間違いない。歴代の代表チームは漏れなく、アジアカップを価値ある通過点としている。

 日本が2度目の優勝を成し遂げた2000年大会のチームは、いまなお『アジアカップ史上最強』と謳われる。指揮官フィリップ・トルシエとその仲間たちは、爆発力と安定感をピッチ上で誇示した。

 初戦でサウジアラビアと対戦した日本は、前回王者を4-1で下す。柳沢敦が先制点を奪い、高原直泰と名波浩が加点し、途中出場の小野伸二がダメ押し点をあげた。

 自身初のアジアカップに臨んでいた川口能活は、「引き分けなら悪くはない」と考えていた。'96年のアトランタ五輪予選でも対戦したサウジの実力を、当時25歳の守護神は肌で感じていた。「4-1で勝つとは想像もしていなかった」のだが、試合後の彼は違う種類の驚きにも包まれた。

トルシエの競争原理に控え選手も神経を研ぎ澄ませた。

「これで波に乗ったぞという試合なのに、浮かれた感じがまったくなかった。アジアよりひとつ上のステージで戦ってきたという自信の芽生えが、若手やベテランを問わずに意識の高さを生んでいたと思う」

 稲本潤一や高原らの黄金世代は、'99年のワールドユースで準優勝を飾った。彼らと中村俊輔、柳沢らが融合した2000年のシドニー五輪は、ベスト8まで勝ち上がった。チームリーダーの名波は、セリエAのベネチアで1シーズンを過ごした。森島寛晃と西澤明訓は、'00年6月に世界王者フランスからゴールを奪っている。個々の胸で膨らむ自信は、鋭利な知性やひらめきとしてピッチ上で表現されていく。

 トルシエが持ち込む競争原理も、優勝への歩みを力強いものとした。サブのひとりだった三浦淳寛は、「監督はレギュラーにも厳しく接するし、控え選手をいきなり使うことがある。神経を研ぎ澄ませて、いつでも出られる準備をしていた」と、レバノンでの日々を振り返る。

【次ページ】 '00年大会決勝、望月の“ささやかな反乱”からの一撃。

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