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円谷から瀬古、中山まで、日本の豊穣な“走る歴史”。
~『マラソンと日本人』の群像劇~ 

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馬立勝

馬立勝Masaru Madate

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posted2015/01/07 10:00

円谷から瀬古、中山まで、日本の豊穣な“走る歴史”。~『マラソンと日本人』の群像劇~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『マラソンと日本人』武田薫 朝日選書 1600円+税

 小学生時代の夏休み、校庭での野外映画会で『心臓破りの丘』を観た。1953年、山田敬蔵がボストンマラソンで優勝した翌年だ。本書の第4章「ボストンマラソンと戦後復興」を最初に読んだのは、映画で我がヒーローとなった山田を知りたかったためだ。小柄な山田が走る姿はボストンで「転がる葉っぱ」と呼ばれた。戦中は満州に渡り、敗戦で置き去りにされ帰国は終戦1年後だ。60年もたって知った苦難の経歴は小学生が勝手に想像していた人物像に重なった。

 いつの時代にもマラソン・ランナーのヒーローがいたような気がする。東京五輪の円谷幸吉の栄光と悲劇、君原健二のストイックな走り。著者が史上最強とする瀬古利彦。神宮外苑絵画館前でヤクルト戦の準備練習をしていた巨人の監督・長嶋が「外苑ランナーに速いのがいるぞ。誰か勝負してみろ」と選手に声をかけた。「無茶だ。あれは瀬古です」。「道理で速すぎる」外苑一周してきた瀬古を見送る長嶋さんの驚きの顔を思い出す。宗茂、猛兄弟にアウトサイダーの中山竹通……。'80年代後半まで続く日本マラソン界黄金時代の群像劇は、本書のハイライトだ。

多彩な挿話と正確な記録が一体になった語り口。

 明治42年、神戸-大阪間20マイル(約32km)で始まった日本マラソンから説き起こし、女子マラソン、市民マラソンまで、膨大な資料と現場取材の積み重ねを通して語られる日本の“走る歴史”の豊かさ。歴代の名選手、名コーチ、名勝負を語り、大学、企業、競技団体の動きを押さえ、大会主催の報道各社、世界のマラソン界の動向に及ぶ。多彩な挿話と正確な記録が一体になった平明な語り口が読ませるのだ。

 国民的行事、箱根駅伝がアントワープ五輪の主将・野口源三郎(十種競技)と日本マラソンの父・金栗四三たちがアメリカ大陸横断マラソンを計画し、その予選会として始まったとする通説を金栗の日記を引いて再考察するなど、随所に著者の批評眼が光っている。

 日本人のマラソン好きは、努力や忍耐、自己啓発好きな国民性のためだろう。堪能した労作に著者もまたその一人と感じたが、いまのマラソン・ヒーロー不在が悔しくなる。

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