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その男、純粋につき。
~噛む男『スアレス 神憑』の物語~ 

text by

幅允孝

幅允孝Yoshitaka Haba

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photograph byWataru Sato

posted2015/01/05 10:00

その男、純粋につき。~噛む男『スアレス 神憑』の物語~<Number Web> photograph by Wataru Sato

『スアレス 神憑』ルーカ・カイオーリ著 真喜志順子/宮崎真紀訳 亜紀書房 1800円+税

 よく噛む人は、長生きすると言われている。もちろんそれは食卓での話であって、サッカーのフィールド上の話ではない。だが、ウルグアイのストライカー、ルイス・スアレスの物語ならずっと耳を傾けていたいと思わせるのだ。

『スアレス 神憑(かみつき)』という人を食ったようなタイトルの本は、スアレスの半生を描いたもの。子供の頃は「痩せっぽちで、ぼさぼさの黒髪をしていた」という彼が、どうやって世界最高のストライカーに変貌したのかを、周囲への丹念な取材によって明らかにしていく。

 ブラジルW杯イタリア戦で3度目の噛みつき行為に及び、4カ月のサッカー活動禁止という罰を受けたスアレス。彼ほどピッチ上で、倫理や道徳に囚われていない選手はいない。5歳の彼は試合中、観客席で兄が頬張っていたピザを食べるためにボールを外に蹴り出し、一目散に兄の元へ走ったというではないか。小さな時から、衝動が思考に勝る人間だった。

「スアレスを聖人にしたら、彼を失うことになる」

 確かに、スアレスは模範的ではない。だが、なぜ彼のことを皆が嫌いになれないかというと、誰もが彼の純粋な獰猛さを認めているからだ。本書で明かされるのは、サッカーとも恋愛とも純真に向き合うスアレスという男。

 イヴァノヴィッチに噛みついた後は「アンフィールドの食人鬼」と呼ばれたが、サンダーランドの監督を務める同郷のグスタボ・ポジェは、「スアレスを聖人にしようとしたら、彼を失うことになる」という。「理性と非理性の緊張の上をつねに綱渡り」する、噛む男の物語は不思議な爽やかさも併せ持つ1冊なのだ。

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