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Jリーグトライアウトは“気づき”の場所。
元浦和、21歳野崎雅也の「瀬戸際」。  

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茂野聡士

茂野聡士Satoshi Shigeno

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photograph bySatoshi Shigeno

posted2014/12/17 12:25

Jリーグトライアウトは“気づき”の場所。元浦和、21歳野崎雅也の「瀬戸際」。 <Number Web> photograph by Satoshi Shigeno

野崎は育成年代からの同期である矢島をはじめ、浦和や福岡時代のチームメートから「がんばってこい、やってやれ!」とエールを送られてこのトライアウトに挑んだ。

長谷部誠もプロ1年目は「ベンチ外」の連続だった。

 恵まれた環境で育った若手ならではの、意識を高いレベルで保つ難しさについて野崎は触れたが、その点で思い当たる選手がいる。

 野崎と同じく浦和でキャリアをスタートして数々のタイトルをもたらし、日本代表不動のキャプテンとして君臨してきた長谷部誠だ。

 長谷部は、入団1年目から大活躍を果たした選手ではなかった。

 藤枝東高から入団した長谷部のプロ1年目は、公式戦出場がナビスコカップの1試合だけだった。当時のハンス・オフト監督からの期待も非常に大きく、長谷部の成長を促すためにアウェーの試合にも帯同されていたが、試合前になると毎回のように「ベンチ外」を通告され続けていたという。

 だが、長谷部はその悔しさを日々の練習にぶつけ、2年目にはクラブの中心選手として飛躍を遂げた。

無名選手の“大化け”が減っているのではないか?

 現在20歳前後の選手たちを見ると、南野拓実や野津田岳人、植田直通ら世代別代表に名を連ねている有望株が順調に試合経験を重ねている一方で、ここ数年は無名に近い若手が、長谷部のように“大化けした”というケースが減っているように感じる。

 若手がプロの高い壁を打ち破り、覚醒を果たすために必要なもの。それは野崎の言葉にヒントがあるのかもしれない。

「ユース、高校から入団した1年目の選手は、1日1日を本当に大事にしていかないといけないと感じました。これは僕の場合ですが、“それなりに”努力しているのかもしれないけど、その頑張りが例えば2年後、試合に出て契約を勝ち取れるレベルまで、魂を込めてやれていたのか? そう考えた時に答えは『No』だったのかな、と。だからこそ『死ぬ気でやらないといけないんだな』というのを改めて痛感しました」

 年齢は関係なく、なんとしてでもポジションを、そして契約を勝ち取る。

 シンプルながら、プロアスリートの原点だ。

 21歳にして「瀬戸際」を経験した野崎。ゴールという結果を残したとはいえ、それが即入団につながるというわけではないし、貴重な3年間を一気に取り戻せたわけでもない。ただ、プロとしての姿勢を見つめ直す機会として、トライアウトという場が果たした役割が大きかったことだけは、確かである。

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