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野生の雪豹をさがして高地を歩いた旅の記録。
~『雪豹』に描かれる大自然、人間~ 

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馬立勝

馬立勝Masaru Madate

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posted2014/12/10 10:00

野生の雪豹をさがして高地を歩いた旅の記録。~『雪豹』に描かれる大自然、人間~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『雪豹』 ピーター・マシーセン著 芹沢高志訳 めるくまーる 現在絶版

 1973年の秋、妻を喪って間もない著者は動物学者ジョージ・シャラー(GS)に誘われ、バーラル(ヒマラヤアオヒツジ)の生態調査に同行する。バーラルを餌とする神秘の動物、雪豹の野生の姿を一目見たい、という憧れがあったからだ。本書は、ガンジス川ほとりからネパール北西部の秘境にそびえるチベット仏教の聖地クリスタル・マウンテンまで、ヒマラヤ山中の往路400km、2カ月に及ぶ旅の記録である。

 荘厳な白い峰々、深い谷と荒涼とした高地をひたすら歩き続ける厳しい旅。それは「まさに巡礼、心の旅だ」。作家であり探検家でもあり、また禅を学ぶ著者の眼と心に映る自然と文明社会から切り離された村人と動植物の姿が抒情的に綴られる。曲がった足を引きずり、鼻をヤギの糞や泥水にすりつけて丘を這いのぼる少女の澄み切った目。賃上げを求め歩こうとしないポーターたち。彼らは与えた運動靴を売るために使おうとせず、裸足で氷原を歩き血の足跡をつけている。雪の中で休むバーラルの群れがいっせいに跳ね上がる。バーラルを追うオオカミたち。何日も続く氷雨の中の行進、濡れそぼったテントでの野営……。日記形式の現在形で書かれる一日の記録に鋭いスナップ写真のような描写が刻み込まれ、読む者も巡礼の道を歩んでいく。

芭蕉の『奥の細道』に重なるヒマラヤの大トレッキング。

 そして、大自然の中で次第に変化していく自己の内面描写。チベット仏教を語り、ヒンズー教、イスラム教を説くところは難解だが、飛ばし読みで構わない。禅の「悟り」「無」「空」は我ら日本人には何となくわかる。本文4章それぞれにエピグラフがおかれる。その一節「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也」。著者のヒマラヤの大トレッキングは芭蕉のあの東北への旅『奥の細道』に重なる。厳しく崇高な自然の描写と自己省察とが一体となった心に染みる名作。

 で、雪豹にあえたのか。足跡と岩棚に残されたひっかき傷、GSが大喜びで容器に集め二人の昼食が入ったリュックに詰め込んだ糞だけだった。「お前は雪豹を見たか? いや! しかし、それもすばらしいではないか」。何であれ、憧れは常に所有より尊いのだ。

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