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引退する長嶋茂雄が望んだものは?
~セレモニーの裏側に迫る一冊~ 

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幅允孝

幅允孝Yoshitaka Haba

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photograph byWataru Sato

posted2014/11/22 10:30

引退する長嶋茂雄が望んだものは?~セレモニーの裏側に迫る一冊~<Number Web> photograph by Wataru Sato

『長嶋茂雄 最後の日。 1974.10.14』鷲田康著 文藝春秋 1450円+税

 国民栄誉賞を共に受賞した松井秀喜ですら見たことがないといっているのだから仕方がない。正直に告白する、僕は長嶋茂雄がプレイする姿を見たことがない。だから、長嶋茂雄が現役生活を終えた1974年10月14日に行われた引退セレモニーも後から映像で知った世代である。ハイライトは、かの有名な一節。「我が巨人軍は永久に不滅です!」

ファンと直接交わす別れが象徴する“当時の日本”。

 ところが『長嶋茂雄 最後の日。』を通読すると、それとは違った引退の側面が見えてくる。有名なスピーチとは別に、長嶋自身が本当に望んだのは、場内一周によるファンへの挨拶。テレビの時代を意識し、お茶の間に向けて魅せる野球を追求した長嶋だったが、最後に唯一求めたものは、ファンと直接交わす別れだったのだ。本人も初めてグラウンドで涙を流した瞬間と語り、その日球場に駆けつけた誰もが、最も長嶋らしかったと語り継ぐその行為。映像アーカイブの強大な影響力により、今ではすっかり彼の引退セレモニーに関するステレオタイプができてしまったが、本書はそこに埋もれてしまった長嶋茂雄の実像を露にする。

 そして、もうひとつの読みどころが、その日を境に変化してしまった日本を感じること。学校が終わって駆けつけた近所の小学生を無料で球場に入れる。警察から止められていた場内一周を担当の独断で決行する。現代では許されないが、当時は何とかなった。最終打席が併殺打に終わった長嶋は、決して完璧ではないゆえに愛された選手。そんな彼の不在は、笑いながら何かを許すという美徳を失って久しいことも再認識させるのだ。

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