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刺激的な卓見に満ちた相撲の日本発展史。
~宮本徳蔵・著『力士漂泊』~ 

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馬立勝

馬立勝Masaru Madate

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posted2014/10/14 10:00

刺激的な卓見に満ちた相撲の日本発展史。~宮本徳蔵・著『力士漂泊』~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『力士漂泊 相撲のアルケオロジー』宮本徳蔵著 講談社文芸文庫 1300円+税

 相撲の場は特別な空間だ。天皇の国技館での観戦をひいて、著者はそこが天皇にとっても「酒や折詰料理を口にしている庶民と座を共にし得るただひとつのトポス」と指摘する。そして、相撲を取るものは「裸になりマワシをしめたとたんに普通人とはちがう、チカラビトに変身」して、王侯貴顕の前でも礼法無視で酒杯をかたむけられる、「身分や地位を越えた人びとの混在が当然」だった昔からの東アジアの伝統、と説く。「なるほど」と思う。本書はこの種の刺激的な卓見で満たされている。

 本書誕生のきっかけは、相撲好きの友人たちとの料理屋での放談だ。

「……相撲が国技だなんて、小さい、小さい。ユーラシアにまたがる数千キロの空間と、十数世紀におよぶ時間が背後に横たわっているのが見えないか」。著者の放言はまさに「相撲のアルケオロジー(考古学)」の青写真だった。友人たちはこの卓抜な言葉を逃がさなかった。「ぜひ書きとめておけ」となったのだ。

相撲はスポーツ、などという簡単な括りでは収まらない。

 モンゴルで生まれ、朝鮮半島を経て日本に伝わった相撲がどう独自の文化の層を重ねてきたか。該博な知識とユニークな視点による語りに聞き(?)惚れるばかり。五穀豊穣を祈る神事的意味合いを持つ相撲。江戸期初めの明暦の大火後、無縁仏を集めた回向院での相撲開催で鎮魂の性格が加わった相撲。国技館のフロア・デザインをマンダラ(曼荼羅)図に重ね密教的性格まで説き及び、かつまた興行、見世物であることで浮世絵、錦絵になるほどの美しさが追求され……。相撲はスポーツ、などという簡単な括りでは収まらないのに気付かされる。

 モンゴル出身の横綱続出に「相撲発祥の地だから」と苦笑し、「八百長」批判の絶対正義論に「それはそうだが」と引っかかり、顔を狙う張り手やカチあげに嫌悪感を覚え、上位力士の引き技は美学がないと嘆く私たちの心の動き。その源を30年も前に、相撲を「人びとの意識の深層に根ざした文化的なシステム」として解き明かした。繊細な伝統技芸は本質的な部分をちょっと変えても全体が崩壊する、と著者は危惧した。名著は相撲の今をも見据えていた。

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