超スローボールは有効な投球術といえる?

集計グラフを閉じる

 夏の甲子園、今大会の話題のひとつに、東海大四高の西嶋亮太投手が投げた超スローボールがありました。  8月14日の九州国際大付戦で4球・・・続きを表示

●投球術だと思う
●投球術だと思わない

1-10件を表示 / 全46

すべて| 投球術だと思う| 投球術だと思わない|
そう思う!が多い順| 新しい投稿順
« 前のページ
1
  • 19イニング投げて自責点1なら、「有効な」投球術でしょう。

    投手であれば、いかに相手を抑えるか…その答えが剛速球の投手もいれば、精密なコントロールの投手もいれば緩急の投手もいる。
    高校野球は教育としても面もあるので、試合は単に勝ち負けを決めるだけではなく、選手が自分たちで考えて工夫して練習してきた成果を披露する発表会でもあるわけで。
    そういう意味では、大差でも盗塁や送りバントなんかも「練習の成果を大舞台で披露すること」なので、目くじら立てる事でもないと思います。
    もちろん工夫する方向が違ってはいけませんが、それは各指導者が指導するべきこと。

    ただ…欲を言えば1球でもいいからストライクになってほしかった。

    61さん2014/08/21 13:59に投稿

    12
    そう思う!
  • スローボールをなぜ批判するのかわからない。
    緩急をつける意味では必要なもの。
    何よりプロは使って良くてなぜ高校野球じゃダメなのって思う。
    最近は高校野球にまで健大高崎の点差が付いた場合の盗塁に「暗黙のルール」を持ち出すバカな記者もいるし。

    フィリップさん2014/08/20 17:55に投稿

    9
    そう思う!
  • 去年だったか、カット打法が得意な選手が、やはり「高校生らしくない」とやらの理由で打法を禁止されたことがあった。
    毎度持ち上がる、この「高校生らしくない」ことを問題視する人々の頭の中は「高校野球はこうあるべき」との固定観念に縛られている。
    そもそも野球を「精神修養」とか「人格形成」に結びつけるようになったのは、戦中からと聞く。
    元々敵国の競技である”ベースボール”を軍政下で禁止されないために当時の野球関係者が捻り出した、窮余の言い訳だったようだ。
    「高校生らしくない」を持ち出す人々の観念は、まさにこの頃の思想の亡霊に囚われている。
    スポーツというものは、ルールの中で、策略と知恵と技を尽くして勝利を目指すものだ。
    スローカーブも、敬遠も、隠し球も、立派な戦術のひとつだ。
    「高校生らしく」も「日本人らしく」も無い。
    これが議論の対象になる事自体、日本人の「精神論好き」の弊害と思える。

    Gold-jacketさん2014/08/25 09:01に投稿

    8
    そう思う!
  • アレを投球術じゃないというのなら、一切の変化球が投球術ではなくなる。ストレートでもクセ球しか投げられない人は投球術ではなくなるのか?批判する人は今後ピッチングマシンを眺めていればいい。

    みっちーさん2014/08/20 21:05に投稿

    5
    そう思う!
  • 間違いなく投球術であり、技術と駆引き、度胸が伴った投球だと思います。
    批判するジャーナリストや高野連の人がいるなら、それは古くから大人に作られた、高校野球、高校球児の虚像を押しつけようとしてるのではないでしょうか。

    個人的にはスローボールだけでなく、ナックルボール投手が見たいです。
    批判するオトナが多数発生してくでしょうが・・・

    K4NUさん2014/08/21 10:41に投稿

    5
    そう思う!
  • 超スローボールの残像が少しでも残るのなら、相手打者の感情が少しでも揺れ動くのなら、それは立派な投球術だと言えるでしょう。

    『なめやがって!』とバッターが思うのなら、それこそ思うツボってもんです。

    でも、山形中央の選手はバントの構えを見せました。見事な適応力で、見ていてニヤリとしました。

    それと、超スローボールをあれだけコントロールする技術は一流ですよ。

    Dブライアンさん2014/08/20 20:18に投稿

    4
    そう思う!
  • 不知火の超遅球世代で、上に投げ上げる球も知ってたから使ってた。
    まっすぐが打たれて遅い球を追及したんだから
    遅い球を投げるのは全然怖くない。

    遅い球を投げるのが怖いのは、上のレベルまで速い球で昇って行った投手。

    テレビの実況によると西嶋投手は
    「マスコミが騒ぐので驚いた」
    と言ったそうだ。

    めちゃくちゃ効くという手ごたえは投げてる方にはない。普通の球。
    あいつは何をもってるかわからないぞ、と警戒してもらえる。

    遅い投手にはこの「警戒」が大きいので効くことは効いてるんだけど
    最近はやりの緩急にはならない。
    遅い球の次はバッターがリセットされて、初球になるだけ。

    こんどうさん2014/08/20 22:22に投稿

    3
    そう思う!
  •  速い球を投げるだけなら極端な話、ひたすら力を目いっぱい込めればいいが、遅い球はそうはいかない。そもそも遅くしようと力を抜けばただの棒球、もしくはそれ以前にベースに届かない。野球ゲームで球速が低く設定されているピッチャーがまるで使い物にならないのを思い起こしてほしい。
    「力のこもった遅いボールを投げる」
     文字にするとこうも矛盾しているのに、それをやってのけるのだから、本来ならば喝采を受けるべき技術。それを非難するという事は、高校野球の魅力である「努力」を「全否定」しているのと同じ。なぜそれに気づかないのだろうか。

    中ノ村鉄也朗さん2014/08/22 19:06に投稿

    3
    そう思う!
  • 投球術じゃないという人が理解できない
    遅いボールを見たあと速いボールがより速いと錯覚するのは身体の仕組み
    例えストライクにならないし見逃せばいいただのボールだろうと
    次に投げる球に生きるという意味で立派な投球術

    sakiさん2014/08/27 11:45に投稿

    3
    そう思う!
  • よく見たらこれ「有効かどうか」ってアンケだよね?
    なのに選択肢が
    ■投球術だと思う
    ■投球術だと思わない
    おかしくない?

    hdsokbさん2014/08/30 14:50に投稿

    2
    そう思う!
« 前のページ
1

ページトップ