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10年前の三冠王が一打席に懸ける思い。
~松中信彦、王会長の言葉を胸に~ 

text by

石田雄太

石田雄太Yuta Ishida

PROFILE

photograph byNIKKAN SPORTS

posted2014/08/04 10:00

7月12日の日本ハム戦、代打で約2カ月ぶりの一軍戦出場。さっそくタイムリーを放った。

7月12日の日本ハム戦、代打で約2カ月ぶりの一軍戦出場。さっそくタイムリーを放った。

 真っ黒に日焼けしたベテランは、試合前のバッティング練習で、これまでに見たことのない動きを見せた。まず左手一本でバットを持ち、10球、丁寧に打ち下ろす。今度は右手一本に持ち替えて、ふたたび10球、丁寧に打つ。

「以前のバッティングとは右手の使い方がまったく違います。今までの自分だったらあり得ない打ち方なんですけどね」

 そう言って、松中信彦は笑った。

 10年前の三冠王は、開幕を一軍で迎えたものの、代打としての13打席で内野安打1本だけという不振に喘ぎ、5月19日に登録を抹消された。松中はこの頃、自分自身に衰えを感じている。

「速いストレートを捉え切れない。二軍での最初の試合も、いきなり三振、三振でね。これはもう、バッティングを完全にバラさなきゃダメだと思いました」

 思い出したのは恩師の言葉だ。王貞治会長は以前、松中にこんな話をしていた。「バッティングは年齢とともに変えていかなくちゃダメだ。この歳になったらボールを体の近くまで呼び込むなんてことをしないで、全部、前で捌くつもりでいいんじゃないか。内角でも外角でも、思い切り引っ張るつもりで、打ちに行け」

速い球を一発で仕留める、今までとは真逆の発想。

 松中は王の言葉通り、すべてのボールに対し、打ちに行く状態を作った。速い球に負けないよう、体全体で振る。そのためには右手は大根切りのイメージで使わなければならなかった。これまでとは真逆の発想である。だから練習方法も変えた。一軍での仕事は代打だと割り切り、二軍でも第1打席の結果にこだわった。速い球を、一発で仕留める――その結果、ウエスタンで55打数25安打、4本塁打、打率.455という数字を叩き出し、松中は7月12日、一軍復帰を果たした。

「稲葉(篤紀)さんも僕と同じタイミングで一軍復帰でしょ。最初は代打ですよね。長年レギュラーで出てると、一打席で結果を出すのは難しいんですよ。でも、ガッツ(小笠原道大)は代打で打ってるし……僕も年齢にあったバッティングを探していかないといけませんね」

 40代の野手で、同じユニフォームを着続けているのは松中だけだ。ホークスを支えてきた誇りが、このまま引くべきではないと呼び掛ける。だから、立ち返った。松中信彦はこの夏、いちバットマンとして、もう一度、闘いに臨む。

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