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<レジェンドの肉体管理術> 葛西紀明の太らない生活 「体重が落ちたのに快感を覚えたし、そこまでやったのが自信になった」 

text by

折山淑美

折山淑美Toshimi Oriyama

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2014/05/26 11:00

<レジェンドの肉体管理術> 葛西紀明の太らない生活 「体重が落ちたのに快感を覚えたし、そこまでやったのが自信になった」<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama
本日発売のNumber Do『太らない生活2014』。「ゆる断食」や
糖質制限など、話題の減量方法や、著名人のダイエット生活と
様々な角度からプロポーション維持のヒントを掲載しています。
今回はソチ五輪・男子ジャンプで2つのメダルを獲得した“レジェンド”、
葛西紀明選手の肉体管理術を一部公開します。

 スキージャンプでは、身長によって使用できるスキーの最長値を規定されており、そのため選手の体重と成績が密接な関係を持っている。重くなればなるほど得られる浮力は減少し、体重が1kg増えれば飛距離は2m落ちる。

 だが無理な減量を防止する為、'04~'05年シーズンにBMIルールが定められ、減量し過ぎると使用できるスキーを上限より短くしなければいけなくなった。今では、体重を軽くして上限より短いスキーを履くのが主流になったが、いずれにせよシーズン中の選手たちは、100g単位での体重調整が必要なのだ。

 5月11日、宮古島合宿――。ソチ五輪ラージヒル銀メダリストの葛西紀明は、「いつもこの合宿から夕食を抜いたりし始めるんです」と言って笑みを浮かべた。体重調整は、既に春のトレーニングから始まっているのだ。

減量を意識し始めた長野五輪の翌シーズン、W杯で6勝。

葛西紀明 Noriaki Kasai
1972年、北海道生まれ。'92年、アルベールビルで五輪初出場。'92-'93シーズンにW杯3勝を挙げ、「カミカゼ・カサイ」と呼ばれる。'94年、リレハンメル五輪団体で銀獲得。以後、5大会連続で五輪に出場し、ソチ五輪ラージヒルで銀、団体で銅獲得。

 僕が減量を意識し始めたのは、'98年長野五輪の翌シーズンからでした。それまではあまり意識せずに好きなものを食べていたんです。でもスキーの長さのルールが変わり、W杯へ行った時、オーストリアのゴルトベルガーやドイツのハンナバルトが夕食を食べた後で直ぐにトイレに行って吐いていたのを見かけたんです。その姿を見て、「そのくらいじゃないとダメなのか」と思って、減量を決意しました。

 それでチームで栄養士を付けてもらい、カロリーコントロールによる減量を始めました。ただ1日の摂取量を1500キロカロリーにして朝、昼、晩とハードなトレーニングをしていたので、周囲からは「あいつはやり過ぎだ」という見方もされました。でもみるみるうちに体重が落ちたのに快感を覚えたし、そこまでやったというのが自信になってハングリー精神も出てきた。結局そのシーズンは1月に入ってからW杯で6勝もしました。練習量も変えなかったから筋力が落ちることも無く、体が軽くなった分キレも良くなった。縄跳びでは4重跳びもできたほどです。

 空腹はきつかったけど、自分の中の忍耐力が強かったのか我慢できましたね。子供の頃は家が貧しく、お米を食べられず我慢しなければいけない時もあったからそのお陰もあるかもしれないけど、長野五輪で悔しい思いもしていたから「これをやれば他の選手より強くなれる」という気持も強かった。

【次ページ】 BMIルールができた油断でコンディションを落とした。

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