SCORE CARDBACK NUMBER

引退する佐藤ルミナの
セカンドキャリアに期待。
~修斗のカリスマ、不惑での決断~ 

text by

布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

PROFILE

photograph bySusumu Nagao

posted2014/04/20 10:30

引退する佐藤ルミナのセカンドキャリアに期待。~修斗のカリスマ、不惑での決断~<Number Web> photograph by Susumu Nagao

2010年には修斗環太平洋ライト級王者決定戦でルミナ(左)の愛弟子、土屋大喜が勝利。

 誰も彼を名字では呼ぼうとはしなかった。ニックネームは「修斗のカリスマ」、あるいは「月狼」。ファンは愛着を込め、ルミナと呼んだ。

 しかし、そう呼べなくなる時がやってきたのか。5月5日、佐藤ルミナは現役生活に幕を下ろす。キャリアの大半を積み重ねた後楽園ホールで引退セレモニーを行なうことになったのだ。引退試合はやらない。その理由を訊くと、「お客さんからお金をとって見せられるような試合をすることが無理だと思ったから」。

 体力の限界ではない。スタミナも筋力も残っている。40歳になった現在も両腕だけで道路標識に飛びつき、自らの体を旗のように横に向けるパフォーマンスだってできる。しかし、若い頃は筋力で補えた故障がどうしても回復しなかった。

「実をいうと、3年くらい前からおかしかったんですよ。走ったら、翌日階段の昇り降りすらできなくなる時もあった。練習がまともにできなかったら、テンションだって落ちるじゃないですか」

「格闘技を通して穏やかな生活を送れるような空間を」

 '90年代半ば、ルミナが修斗でデビューした時の衝撃は大きかった。スピーディーなうえに動きにキレがある。'99年1月、チャールズ・テイラーを跳びつき腕ひしぎ十字固めでわずか6秒で料理した時の会場の盛り上がりといったらなかった。この試合時間は当時の日本MMA史上最短レコードだった。

 その一方でルミナはお洒落な格闘家であり続けた。ファッション誌にモデルとして登場しても何ら違和感はなく、「格闘技=ダサい、怖い」というイメージを払拭したパイオニアでもあったのだ。

 もっとも不思議とタイトルには縁がなく、デビューしてから初戴冠するまでに11年もの月日を要した。結局、世界王座は獲れなかったが、修斗にこだわって総合格闘技を続けてきたことに悔いはない。

「後半は結構負けたりしていたけど、その時の悔しさも含め全てがいい思い出。やっていることで、いろいろな業界の人と出会い、勉強できたことも大きかった」

 9年前、地元小田原に自ら代表を務めるジム「roots」をオープン。誰もが格闘技を楽しめるジム作りに精を出す。

「今後もプロを育てるだけではなく、誰もが格闘技を通して穏やかな生活を送れるような空間作りを目指したい」

 ずっとルミナと呼ばせてほしい。

関連コラム

関連キーワード
佐藤ルミナ

ページトップ