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蔦監督の遺産を胸に。
池田高校、22年ぶり聖地へ。
~選抜で響く「ニューやまびこ」~ 

text by

船曳陽子

船曳陽子Yoko Funabiki

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2014/03/20 16:30

蔦監督の遺産を胸に。池田高校、22年ぶり聖地へ。~選抜で響く「ニューやまびこ」~<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

 山あいの町の子供たちが、22年ぶりに大海に帰ってくる。徳島の池田高校が第86回選抜高校野球(3月21日~)に出場する。蔦文也監督が'01年にこの世を去ってから初の甲子園だ。

 チームを率いるのは蔦監督の教え子、岡田康志監督。'79年夏、甲子園準優勝時の主将で捕手、コーチとしても恩師の指導をつぶさに見てきた。'91年夏に勇退を表明した蔦監督が後を託した愛弟子だ。

 '80年代に3度の全国制覇を果たした池田の黄金時代。象徴は言うまでもなく超攻撃型のやまびこ打線だった。サインはほとんどなく、打って打って打ちまくった。

蔦監督時代から変わらない「チャレンジする野球」。

 しかし、昨秋の四国大会で準優勝した今チームはエース右腕、名西を中心とした守り勝つスタイル。チーム打率は.254と出場校の下位にいる。指揮官は「蔦先生ならどうするか、考える余裕がない。ほんまに必死で」と苦笑するが、腹はもう決まっている。蔦文也の遺産を甲子園で体現するつもりでいる。

 ヒットやアーチの数ではない。その遺産とは「『失敗してもいい』という気持ちやと思うんです。失敗を恐れずにチャレンジする野球。それが池田の『攻撃野球』の原点。今年は技量が足りないけど、攻める気持ちという意味では変わりません。第1ストライクからガンガン振っていく。投手は打たれることを恐れずに向かっていく。いらん四球は出さない。そういう野球です」

 蔦監督は生前、よく選手に話した。

「失敗は不名誉なことじゃない。失敗してダメになるんが一番いかん。ほんまの敗者はそういうのじゃ。失敗しても何くそと行くのが一番大事じゃ」。反骨の人生ゆえの言葉だ。

 岡田監督自身、失敗を恐れてがんじがらめになった日々があった。監督を引き継いだ後、池田の名声を守ることで頭がいっぱいになった。

「若い時はすべてが守りだった。10(点満点)から落としたらいかんと必死だった」

【次ページ】 弱小校への転勤が決まった際、恩師がかけた激励。

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