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石垣島の夢を背負って。
大嶺兄弟、大化けの予感。
~伊東ロッテの戦力に食い込め~ 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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photograph byKYODO

posted2014/03/10 16:30

石垣島の夢を背負って。大嶺兄弟、大化けの予感。~伊東ロッテの戦力に食い込め~<Number Web> photograph by KYODO

2月16日、スタメンで揃いぶみした大嶺兄弟。弟の翔太(左)が3安打で兄・祐太を援護した。

 キャンプ地の移転には様々な理由がある。親会社の系列の施設を利用するためだったり、監督の人脈による強い要望があったりといった具合だ。だが、「選手を獲得するため」にキャンプ地を移転した例は珍しい。

 '07年、八重山商工のエース・大嶺祐太をドラフト1位指名で獲得した時のロッテがそうだった。大嶺は地元に近いソフトバンクを希望していたが、当時のバレンタイン監督が「世界の王だからといって言いなりになるのはおかしい」と強行指名に踏み切った。その後の入団交渉の席で、球団代表だった瀬戸山隆三がキャンプ地移転を申し出て、ロッテは石垣島でキャンプを張るようになったのである。

 それから7年が経った。期待の大嶺はストレートの力こそあるものの、気持ちの弱さが災いし、今一つ結果が残せていない。しかし昨年は、5月に1040日ぶりの白星を手にすると、最終的に4勝を挙げた。緩急を武器にした投球は、今季に期待をもたせる内容だった。

 '10年には弟の翔太もロッテに入団した。入団前の不祥事で躓いたものの、物怖じしない性格がプロ向きと評価されている。昨年はファームで108試合に出場し、チーム最多の48打点を稼ぎ出してチャンスに強いところも見せた。

瀬戸山氏の肝いりで、史上初の離島でのオープン戦開催。

 その弟が入団する際のことだ。「石垣島に施設を作るから、プロ同士の試合開催を実現して欲しい」という地元の要望に瀬戸山代表は、「その時は大嶺兄弟がスタメンで」と快諾した。球団の事情で瀬戸山はロッテを去り、'13年にオリックスの球団本部長に就任したが、今キャンプ中の2月16日、お隣の宮古島からオリックスの面々がチャーター機で石垣島に移動。瀬戸山の肝いりで、遂に史上初となる離島でのオープン戦が行なわれた。

「これでウソつき瀬戸山と呼ばれなくて済んだ」。感慨深げにプレイボールを見守る瀬戸山の視線の先には、先発の兄・祐太と三塁を守る翔太の姿があった。

 試合は兄が3失点を喫するも、弟がチャンスに3安打を放ち、4打点を挙げて挽回。地元が生んだ兄弟の凱旋を、島民はチケットを完売にして見届けた。

「今年は例年になく面白いね」とキャンプの手応えを語ったロッテ・伊東勤監督の目にも、大化けの予感漂う大嶺兄弟が頼もしく映っているに違いない。

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