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編みなおされる試合の瞬間。
~『フットボールのない週末なんて』~ 

text by

幅允孝

幅允孝Yoshitaka Haba

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photograph byRyo Suzuki

posted2014/03/08 10:30

編みなおされる試合の瞬間。~『フットボールのない週末なんて』~<Number Web> photograph by Ryo Suzuki

『フットボールのない週末なんて ヘンリー・ウィンターが案内するイングランドの日常』ヘンリー・ウィンター著 山中忍訳 ソル・メディア 1600円+税

 イングランドのフットボール記者も、選手とはまた違った意味で90分のゲームを闘っていた。彼らは試合の記事を終了のホイッスルまでに書きあげ、すぐに送信しなければならないのだ。

 英国の高級紙『テレグラフ』のエース記者、ヘンリー・ウィンターの場合は、60分までに700ワード。80分に200ワードほど追加してフルタイム5分前に100ワード弱を加えながら、記事を完成させてゆくという。記者席のラップトップの横にはダイエット・コーク4本とコーヒー2杯。フットボールの記事を書くということは、F1並みにガソリンを燃やす、烈しい消耗を強いる作業のようだ。

 本書におさめられているのは、そんな90分間の奮闘を、猫でも撫でるように懐古した43話のエッセイ。現場を渡り歩く記者だからこそ書けた、試合から染み出したドラマの連なりである。

試合で出し切った喜怒哀楽が、僕らの週末を彩る。

 1999年、FAカップ準決勝でギグスが決めたスーパーゴール。2006年W杯準々決勝でルーニーが退場した際にロナウドが見せた意味深なウインク。試合を形づくった一瞬が、ウィンターの中に積もった新旧さまざまな記憶と共に編みなおされ、新しい物語が生まれる。ソル・キャンベルの散歩も、アンディ・キャロルが酒場で残した武勇伝も、すべて彼が紡ぐフットボールの記憶の一部として、もういちど僕らの中に刻まれるのだ。

 90分の試合で溢れる感情のすべてを出し切った者は空っぽになるのではない。その余白に流れ込むフットボールの余韻は、僕らの土曜日をたしかに彩り、また次の週末へと向かわせる推進力になる。

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