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僕らが再発見する緩慢さについて。
~『緩慢の発見』に見る本質とは?~ 

text by

幅允孝

幅允孝Yoshitaka Haba

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photograph byRyo Suzuki

posted2013/12/11 06:00

僕らが再発見する緩慢さについて。~『緩慢の発見』に見る本質とは?~<Number Web> photograph by Ryo Suzuki

『緩慢の発見』シュテン・ナドルニー著 浅井晶子訳 白水社 2800円+税

 遅いということが価値を持つなんて、あなたには信じられるだろうか?

 近現代のスポーツは、競争相手よりも速く、強い者が称えられてきた歴史をもつ。けれど、18~19世紀の大英帝国で活躍した探検家ジョン・フランクリンの生涯を描いたこの小説では、彼が鈍重だったゆえ発見できたものについて語られる。

「遅い者は、より多くを見る」

 10歳になってもボールをうまく受けられないジョン少年。友人たちとのボール遊びでは、専らコートを分かつ紐を持ち続けるのが彼の担当だ。だが、その紐は美しくぴんと張られ、決して動くことはない。「かかし!」などという揶揄も、彼にはよく聞こえない。ただ、じっと正確に、自身の任務を完遂する少年。

 そう、ジョンの忍耐力は圧倒的だった。そして、彼の目と耳も独特だったのだ。彼はあらゆる印象を長く留める記憶力を持ち、細部にわたって正しく知覚する。

「とろさ」を武器にした冒険の道程に価値がある。

 周囲の声を押しのけ、海軍へ入隊したジョンは、オーストラリア探検やトラファルガーの戦いなど、自身の海への衝動を叶えていく。ゆっくりと確実に。

 そして、皆が馬鹿にした「とろさ」は、いつしか彼の武器になったのだ。じっくり考え、本質を見抜ける者には、人とは違うビジョンが広がる。彼が仲間を救い、危機を回避できたのは、ただただ幸運だったからではない。

 サーの称号を得、タスマニア総督まで務めた彼の最後の冒険が、有名な北極圏遠征。だが、そこで語られる悲劇よりも、その緩やかな道程にこそ彼の人生の価値はあったと確信できる。美しき緩慢。

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