あなたの心に残るF1日本GPは?

illustration by Masulira
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 今年も10月11日からF1日本グランプリが鈴鹿サーキットで開催されます。  日本GPが1987年にF1シリーズの一環として再開されて・・・続きを表示

1988年 セナ、「神を見た」鈴鹿初優勝で自身初のタイトル。
1990年 セナとプロスト1コーナーで2年連続で接触、リタイア。
1993年 セナ、2度目の鈴鹿での優勝。日本での最後の雄姿。
1994年 アレジvs.マンセル 雨中のデッドヒート。
1998年 ミカ・ハッキネン独走優勝。初のチャンピオンに。
2002年 佐藤琢磨、デビューシーズンで5位入賞。
2005年 キミ・ライコネン、17番グリッドからの優勝。
2010年 小林可夢偉、ヘアピンで5度のオーバーテーク。
2012年 小林可夢偉、'90年鈴木亜久里以来の3位表彰台。
●その他

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  • 一番ではないかもしれませんが、悔しい思い出として残っているのは2004年。佐藤琢磨が表彰台に最も近かった日本グランプリ。観客の全てが琢磨しか見ていない、素晴らしい雰囲気。そして何よりも燃料が重いにもかかわらず、琢磨に3位の座を譲らなかった、チームメイトのバトンのしたたかさにドライバーとしての資質の差を感じました、残念ながら。このシーズンの二人のポイント差を象徴するレースだったと思います。

    kentaさん2013/10/02 13:04に投稿

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  • この年はフェラーリの独走。続いてウィリアムズ、マクラーレン、ルノー。佐藤琢磨のジョーダンは上位4チームには到底かなわない5位以下のその他大勢。
    なので予選はどんなにがんばっても上位4チーム×2=8台なので9位に入れれば最高の状況の中、これまで入賞なしの琢磨が信じられない走りを魅せる。
    4位チームのルノー、チームメイトのフジケラを抑え予選7位のタイムを叩き出した。しかも、エンジン交換などトラブルを抱える中でだ!
    現地で観ていた私は鳥肌がたちました。そして、サーキットにはウェーブが起き、あの長い鈴鹿サーキットを数周する光景が。涙が出て来ました。
    決勝もルノーとのバトルを征し、見事5位入賞。
    HondaもTOYOTAも関係ない。日本人がひとつとなり、大歓声!
    ミハエルが「今日の優勝者は2人いる。僕と琢磨だ。」という様な事を言ったのはあまりにも有名です。

    やっぱり生観戦!さん2013/10/03 14:25に投稿

    6
    そう思う!
  • 1991年 中嶋悟鈴鹿ラストラン。今年は日本人ドライバーが残念ながら一人も参戦していませんが、彼の出現によって日本人でもF1のステアリングを握る事の出来る道を切り開いてくれたのだと思ういます。1990年自身は6位入賞を果たすも、後輩が表彰台にあがる姿をどんな面持ちでながめていたのでしょうか?『もう少し俺が若かったらなぁ~』とでも思っていたのでしょうか。34歳でF1フル参戦。F1デヴューから引退まで苦労の連続ではなかったかと思います。「雨のナカジマ』『納豆走法』。ミスター苦労人。最後の鈴鹿は確かティレル。1~2コーナーでマシントラブル。そのままタイヤバリヤーに突っ込む。一瞬ヒヤリ。でも、コックピットからすぐに出て来て観衆に手を振りながら歩く姿が目に焼きついています。

    ボンバーさん2013/10/03 10:18に投稿

    5
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  • アイルトン・セナが自身初のワールドチャンピオンを獲得した、1988年の日本グランプリが印象深い。

    スタートを失敗しながら、14位から怒涛の追い上げを見せ、最後には優勝争いのライバルである、
    プロストを追い抜いての大逆転勝利。

    レース後のインタビューでセナは「神を見た」と発言したが、観客こそ、セナの中に神を見たのでは。

    ちょくさん2013/10/01 22:48に投稿

    3
    そう思う!
  • 亜久里が3位表彰台に上がった!これに尽きる。ナニーニの代役で2位フィニッシュしたモレノも爽やかだった。※しかもこの日、モレノはナニーニの代役として出走!

    セナ・プロ対決のスズカはドロドロしてヤダ。

    なをきさん2013/10/01 22:59に投稿

    3
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  • 結果としてセナのラストとなったレース。
    翌年のサンマリノ以降、F1を観るのもやめてしまった私にとっては最期のF1日本GPとなりました。

    amayakanさん2013/10/02 11:09に投稿

    3
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  • ライコネンの優勝よりも、日本のメーカーが関係しているチームであるトヨタとBARホンダが、日本GPでフロントローを分け合ったというイメージ。
    前年に引き続く雨の影響のある日本GPで、その恩恵はあったんですけど。それでも、そんな光景がまさか見られるなんて思ってなかったので…これでBARホンダがバトンじゃなくて佐藤琢磨だったらなあ、とか贅沢思ったりもしました。

    それが今となっては、地デジ一般放送もなく(有料放送のみ)、日本のメーカーは参戦しておらず、日本人ドライバーも参戦していない状態。
    あっという間にそんな光景は夢になっちゃいましたね…。

    するのは苦手見るのは得意さん2013/10/01 23:58に投稿

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  • F1は91年と2004年の2回行きましたが、印象深いのは91年の中嶋ラストランに関して。
    横断幕などを手にした観客がとても多かったことを思い出します。確実にあの日のF1は日本一のスポーツイベントだったと思います。
    しかし当時の写真を整理してみたらレースに関するものでが少なく、レースクイーンとかの写真ばかりでした。。

    HMクリーチャーさん2013/10/03 12:33に投稿

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  • 1987年。
    遂に、遂にF1グランプリが日本に帰って来る!私は財布をはたいて4日間遠しのチケットを買った。当時珍しいホログラム入りのチケットの、なんと神々しく輝いていたことか。
    優勝争いはウイリアムスの二人、ネルソン・ピケとナイジェル・マンセル。そのマンセルが、土曜日に吹っ飛ぶ。本田の地元で、ホンダエンジン搭載の1-2-3-4が見られるか、という期待は、予選であえなく消えた。
    こうなると注目は俄然セナ&中嶋のロータスだが・・・結果、優勝したのはフェラーリを駆るゲルハルト・ベルガ―!
    後にも先にも、現場で見たF1はこの1回きりなので、私の心に残るF1日本GPは、1987年。なんで選択肢に入ってないの?

    屋敷真弓さん2013/10/04 16:19に投稿

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    そう思う!
  • スタート直後の1コーナーで2台が接触した時点でセナのタイトル
    が決まり一気に白けた気分になりました。上位を走るドライバー
    が次々に脱落し消化試合のようなレース展開の中ベネトン2台
    の快走!
    ピケ・モレノのワンツーフィニッシュ!速ければ勝つというのでは
    なく、チェッカーが振られた時にトップでゴールしたドライバーが
    勝者であることを証明するレース。白けた空気を一気に
    ふっ飛ばしました。
    このレース鈴木亜久里の3位表彰台が多く取り上げられます。
    でもこのレースの1番のヒーローは優勝したピケです。
    走らないロータスで2年間さんざんな思いをしマスコミには
    叩かれ、それを見返すかのような走り。
    表彰台の彼の態度が印象的でした。号泣するモレノ、涙ぐむ
    亜久里、その真ん中で微笑んでいるピケ。
    こう言っているようでした、『この勝利は俺が今まで勝ってきた
    レースの一つに過ぎないぜ』

    ceo_snakeさん2013/10/05 18:54に投稿

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