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忘れがたき秘話で綴った、
“人間”大鵬の素顔。
~佐藤祥子・著『知られざる大鵬』~ 

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藤島大

藤島大Dai Fujishima

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posted2013/09/29 08:00

忘れがたき秘話で綴った、“人間”大鵬の素顔。~佐藤祥子・著『知られざる大鵬』~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『知られざる大鵬』佐藤祥子著 ホーム社 1500円+税

 古来、横綱は、日本列島に暮らす民のあらゆる願いを呑み込み、また体現してきた。そばを通ったら体をぺたぺた叩くのは国民の権利でもある。

 大鵬幸喜は象徴だ。

 読売巨人軍を嫌いな野球小僧なら珍しくない。卵料理の苦手な子供もいるだろう。でも美しくて強い横綱を許せないと憤る少年少女はまれだ。

 若き日の母は、南樺太の港町の洋服店で働き、白系ウクライナのコサック騎兵と恋に落ち、将来の大横綱を授かった。父との生き別れ、牧場経営の失敗、もっぱらカボチャで空腹をしのぎ、弟子屈(てしかが)の定時制高校に通いながら営林署の力仕事に励んでいたら二所ノ関部屋のスカウトがやってきた。「今も胸を張って堂々と言えることは、私はラーメンの一杯も食べたことなく相撲界に入った人間だということ」。早い出世で貧困脱出を果たすと、貴族的風貌のイメージをついに裏切らなかった。

 本年1月に72歳で天へ召されるまで、過大でなく日本人のほとんどすべてが崇め、そうでなくとも好意を寄せた。

横綱像だけでなく「生活者としての細部」を丹念に描く。

 当代の相撲ライター(この人の場合、相撲部屋ライターとも呼んでみたくなる。部屋という空間への愛が際立つのだ)である著者はそんな概要としての大鵬像のみならず、没後の時間経過によって家族が語り始めた「生活者としての細部」を丹念に描く。

 ひとまず偉大なる力士の「知られざる」実像の書なのかもしれない。ただし横綱は横綱だから土俵の上こそが本当の姿であって、むしろ「やきもち焼きで、その上、本当に心配性」という家庭での振る舞いのほうを虚像とも定義できる。お相撲さんは、まして横綱は、いつになろうとも市井の者ではありえぬ。夫でも父でもない公の存在。ここが一般スポーツとの違いだ。

 そのことを前提に、なお夫人をめぐる逸話の数々が忘れがたい。

【次ページ】 飛行機で外国人男性と少し会話しただけで不機嫌に。

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