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F1を足元から支えた
ブリヂストンの14年。
~242戦175勝の称えるべき功績~ 

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今宮純

今宮純Jun Imamiya

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photograph byHiroshi Kaneko

posted2010/11/27 08:00

F1を足元から支えたブリヂストンの14年。~242戦175勝の称えるべき功績~<Number Web> photograph by Hiroshi Kaneko

最終戦アブダビGPでは現場スタッフが勢揃いしグランプリ最後の記念撮影が行なわれた

 ブリヂストンでワールドチャンピオンになったドライバーは6人いる。M・ハッキネン('98 ~'99年)、M・シューマッハー('00 ~'04年)、K・ライコネン('07年)、L・ハミルトン('08年)、J・バトン('09年)、そしてS・ベッテルが最後のシーズンにその名を連ねた。今季まで3年連続でコンストラクターズチャンピオンが変わったのもめずらしい。ブリヂストンタイヤがそれだけ“普遍的性能”をもたらし、コンペティションを白熱させる要因になったと言えるだろう。

 '97年にフル参戦を開始して以来、175勝、242戦はホンダの340戦には及ばないが、トヨタの140戦よりはるかに多く、日本のタイヤサプライヤーとして長く貢献した。結果がすべてと言われるモータースポーツだが、彼らが一度も技術的トラブルや事故などを起こさず、政治面でもニュートラルに振る舞い、安全・公平・確実なタイヤサービスを地道に続けてきたことを称えたい。

 通算368勝のグッドイヤー、102勝のミシュランとの凄まじい「タイヤ戦争」を現場で見てきたひとりとすれば、ライバルが次々に去った後、一手に全チームを引き受ける責務は重かった。それでいて勝敗結果を販売促進や宣伝活動に直接使えるわけではなく、このスポーツを文字通り足元で支えるものであった。

“ブリヂストンの顔”浜島氏が吐露した心情。

「長いようで短かった。もうグランプリサーキットに来ることはないでしょうが、これからはテレビや雑誌で楽しみます」

 最終戦アブダビGPまでの日々、現場スタッフたちはパドックの片隅でいつも明るく働いていた。あるベテランエンジニアは、「これまでずっと一緒にやってきた海外スタッフとの別れがつらい」ともらした。彼らにすれば普通の海外出張とはわけが違う特別な仕事だったのである。

 この14年間でブリヂストンのF1活動の顔ともなった浜島裕英MS・MCタイヤ開発本部フェローは、夏のトークイベントの席上で「つらいと思ったことはここまで何もありません。今が一番つらいときです」と心情を吐露した。英国にあった前線基地を11月いっぱいで閉鎖し、日本のF1戦士たちは12月上旬に鈴鹿以来の帰国となる。なお、'11年からはピレリが全チームに供給。その準備として最初の公式合同テストが、先週アブダビでようやく始まったばかりである。

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