ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER

「孤独」の深さを教えてくれた、
60代のひねくれた友達。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byYusuke Ide

posted2013/09/08 08:01

「孤独」の深さを教えてくれた、60代のひねくれた友達。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

井手くんがお世話になり、色々なお話をしてくれたTed&Mihoko夫妻。

どうしてこんなにトレイルに戻るのが辛いのか。

 ああ、どうしてこんなにもトレイルに戻るのが辛いんだろう。町の暮らしが恋しいのなら、次の町まで歩けばいいだけのことだ。

 僕は今、寂しさの渦に飲み込まれないよう自分を抑えるので必死だ。僕は、彼と離れたくないのだ。彼は車中で何度も繰り返す。

「孤独が好きなんだ。定年退職した時も、同僚には一人も知らせなかった。翌日から隠居生活の始まりさ」

 一人が好き。そう口に出す人は多いが、彼は根っからの孤独好きみたいだ。

 エピソードの端々から、彼の性格がなんとなくわかる。少し皮肉屋で、ひねくれている。その一方で、偽善を嫌い、本当の友情を大切にする人間なのだともわかる。

 愛と平和を謳い、ドラッグ片手にゴアやカトマンズに向かったヒッピーの学友たちが好きになれず、彼は大学を辞め、ベトナム行きを志願したという。結局ベトナムへは送られず、ドイツに駐屯し、ヨーロッパや中東を放浪したらしいが。

「何言ってるんだ。お前の旅はこれからだろう」

 そんな彼がバックパッキングで山へ向かったのも、一人になりたかったからだ。

「'60年代のジョン・ミューア・トレイルは今日とはまるで違ったよ」と一人ごちる。当然エンジェルもいなければ食糧補給だって厳しかっただろう。トレイルはあぜ道で、標識もなかったという。

 僕も彼ほどではないけれど、無闇に沢山の人と上手に付き合うのは苦手なタイプだ。

 お互いのことを話し合ううちに、親近感を感じるようになった。

 彼の英語が聞き取りやすかったのは、僕とTedの考え方が、少しだけ似ているからかもしれない。

 そんなことを考えていると、いよいよ車は登山口へ近づく。そわそわしてきた。

「なんだか寂しいね」

 僕が思い切って言うと、「何言ってるんだ。お前の旅はこれからだろう」と、らしくなく彼は不自然に豪快な笑い声を上げる。

 きっと僕と同じ気持ちなのだ。孤独が好きな人間は、一方で寂しがりやなことがある。

【次ページ】 別れを告げた時、彼の声は震えていた。

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