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スピードとスマイル。
~6階級制覇、パッキャオの驚異~ 

text by

芝山幹郎

芝山幹郎Mikio Shibayama

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photograph byGetty Images

posted2010/11/22 10:30

スピードとスマイル。~6階級制覇、パッキャオの驚異~<Number Web> photograph by Getty Images

圧倒的大差判定で6階級制覇を達成したパッキャオ。最終ラウンドは攻撃を緩める余裕の勝利

 マニー・パッキャオがまた勝った。圧倒的な強さで、WBC世界スーパーウェルター級の王座を獲得した。

 血祭りに上げられたのはアントニオ・マルガリートだ。けっして弱いボクサーではない。世界ウェルター級の王座を3度獲得した経験があるし、体重はもちろん(直前の計測でもパッキャオより3キロ近く重かった)、身長(11センチ差)やリーチ(15センチ差)でもかなり優位に立っていた。

 だが、ボクシングは動く競技だ。足の速さやパンチの速さは、サイズのちがいを補ってあまりあるものだ。パッキャオは、この定理をあっさりと証明した。

スピード重視の戦略が約3キロの体重差になって現れた。

 てこずるかな、と思わせたのは立ち上がりだけだった。体力差を生かしたマルガリートの前進が、パッキャオに圧力をかけているように映ったのだ。おや、なかに入り切れないのか、と私は一瞬いぶかった。

 錯覚だった。あるいは束の間の幻だった。パッキャオはあえて体重を抑えていた。マルガリートが契約リミットぎりぎりの150パウンドだったのに対して、パッキャオの体重は144.6パウンド。当人いうところの「自分のスピードがもっとも生きる体重」に絞り込んだのは正しい読みだった。4ラウンドには、左右の速いパンチが顔面を的確にとらえはじめる。マルガリートは右目の下を早くも腫れ上がらせる。あ、これは、と私は思った。中盤を迎えるころには、眼が見えなくなるぞ。

4発セットのパンチが約半ダースは着弾しただろうか……。

 パッキャオの集中力は7ラウンドに爆発した。直前の6回に左ボディーを脇腹に受け、一瞬足を乱したのが、たぶん薬になったのだろう。ガードを素早く修正したパッキャオは、このラウンドの終盤、眼が覚めるような集中攻撃を見せたのだ。4発セットのパンチが約半ダースは着弾しただろうか、マルガリートの動きは急速に鈍くなった。相手のパンチが見えていないし、サイズの大きさも仇になっている。よろよろと前進する巨体が、むしろうつろに映る。

 マルガリートは8回に鼻血を出した。9回には左の頬を切り、11回にはあわや試合をストップされそうになった。「止めないのか」という表情でレフェリーを一瞥したパッキャオの顔が印象的だった。

【次ページ】 19キロの増量を成し遂げ、史上2人目の6階級制覇。

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マニー・パッキャオ
アントニオ・マルガリート

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