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美術家・ながさわたかひろの
“プロ野球”人生最後の聖戦。 

text by

村瀬秀信

村瀬秀信Hidenobu Murase

PROFILE

photograph byHidenobu Murase

posted2013/08/27 10:30

美術家・ながさわたかひろの“プロ野球”人生最後の聖戦。<Number Web> photograph by Hidenobu Murase

ながさわたかひろ氏は今日も増渕のユニフォームとともに、“選手”として一人シーズンを戦っている。

「バレンティンを描く時は、最後に頬のホクロを入れるんですけどね。……これを描き入れる時が至福の時なんですよ。あぁ、今日もまた終わったなって。今年は空砲ばかりなんだけど」

 8月21日、神宮球場。5連敗で迎えた巨人戦。

 バレンティンがこの日2本目となる第44号のホームランをレフトポールに直撃させると、美術家・ながさわたかひろはそう言って頬を緩めた。

 昨年まで「絵の力でチームの力になる」と信じ、“プロ野球選手”を自称して、スワローズの全試合を銅版画やぬり絵にする活動を続けてきた男、ながさわたかひろの素性に関しては、前回までの記事をお読みいただきたいが、昨年12月に報じた最後の記事では、自身が「プロ野球選手としてのトライアウト」と位置付けた個展「プロ野球ぬりえ~魔球の伝説~」(11月17日~12月15日)の結果次第では、「ながさわは選手を引退する」というところまで報じた。

 さて。その後、である。

松井秀喜と同じ日に行われた引退会見。

 結果的にこの個展は“延長戦”に突入するほどの大成功を収めた。さらにスワローズのキャンプ地である浦添市の観光協会からは、スプリングキャンプに“招待選手”として呼ばれ、ながさわの絵を「街中に貼り出してほしい」とのオファーも受けるなど、スワローズ移籍後3年目にして、やっと、その活動が軌道に乗り始めたと思えた。

 ところが、である。個展の最終日となった12月28日。神楽坂のギャラリー「eitoeiko」には、「ながさわたかひろ進退発表」という記者会見の席が突如設けられた。多くのギャラリーが見詰める中、ながさわは千代の富士然とした強い口調で話しはじめる。

「体力の限界! 気力もなくなり……いや……気力はあるんですけど、気力だけではこの先続けていくことはできないと。中途半端な形で続けるのであれば、それこそ応援して頂いた皆さんに申し訳ないと。そういうこともあって、ここにプロ野球選手、ながさわたかひろ、引退を表明いたします。これまで応援して頂いた皆さん。作品に応援メッセージを書いていただいた皆さん。カンパ金を頂いた皆さん。本当にありがたく、自分自身、それを糧にこれからも作品を作っていきたいと思います。プロ野球選手としてのながさわたかひろは、今日を以て引退することになります。これまでありがとうございました!」

「辞めるな!」、「まだできるぞ!」

 そんな歓声が轟くなか、ながさわたかひろは“プロ野球選手”を引退した。

 その日は、奇しくも松井秀喜の引退会見の日でもあった。

【次ページ】 体力と、それを支える財力の限界。

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