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雨中のシエラネバダでの遭難と、
歩くことが求める「謙虚さ」。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byYusuke Ide

posted2013/08/08 10:30

雨中のシエラネバダでの遭難と、歩くことが求める「謙虚さ」。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

遭難直前の井手くん。この時は雨中でも「かっこつけた」(本人談)写真を撮る余裕があった。

小さな美が至る所に転がっている自然保護区。

 ここから先はアンセル・アダムス・ウィルダネスと呼ばれる自然保護区になる。

 木々の上から降り注ぐ木漏れ日、湖畔に映る山影など、小さな美が至る所に転がっていることに気が付く。腹が満たされ、余裕が出てきたのだ。

 本物の「写真家」アンセル・アダムスがこの地でカメラを構えた理由がよくわかる。まがい物の「シャシンカ」もシャッターを切りつつ歩く。ジョン・ミューアとアンセル・アダムスの二人は、ヨセミテの景観を広く世間に知らしめたことで知られる。

 世界遺産として僕たちが知っている、いわゆる「ヨセミテの景観」はヨセミテ峡谷のものだ。ハーフドームやエルキャピタン、ヨセミテフォールズなどなど。

 ヨセミテ峡谷はPCTのルートではないものの、JMTとPCTが分かれる地点Tuolumne Meadowsから片道22マイルほどJMTに沿って南下すれば、寄り道をすることが出来る。

 僕はPCTを歩くと決めた時から、このサイドトリップはマストだと考えていた。

日本にいたころはあんなに行きたかったのに……。

 しかし、いざTuolumne Meadowsに着くと、周りのバックパッカー達がPCTに沿って北に進路を取る中で進行方向と逆に南に向かうという事実が、いくらか僕の気持ちを重くさせた。

 日本にいた頃はあんなに行きたがっていたのに。贅沢な葛藤を抱きつつ、「もったいないし」、「折角だから」くらいの気持ちで皆に別れを告げ、1人PCTを外れて南へ歩き出した。

 その日のキャンプ地は予め決めてあった。ハーフドーム直下の岩の上だ。この、ロッククライミングで有名な一枚岩は、一方に梯子がかかっており、観光客の誰もが登れるようになっている。

 だが、大人気スポットなので、登るのにはパミッションが必要らしい。パミッションを持っていなかったので、登頂は諦め、近くでキャンプをすることにしていたのだ。

 途中、Clouds restという有名な山に寄り道し、遠くからハーフドームやクォータードームを見ていると、いよいよ来たのだなという思いで胸が高鳴る。

【次ページ】 雪解け水が流れる音だけ。なんて贅沢なのだろう。

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