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<独占インタビュー> 朝青龍 「日本人の宝物になりたかった」 

text by

城島充

城島充Mitsuru Jojima

PROFILE

photograph byHiroyuki Usami

posted2010/10/08 06:00

突然の引退劇から約半年。沈黙を守り続けた平成の大横綱が、
ついに重い口を開いた。相撲人生、今後の進路そして暴行騒動。
今まで誰にも話せなかった胸の内とは――。

「鼻の奥で、懐かしさを感じてきたよ」

 インタビュー場所に指定した錦糸町のホテルに現れた朝青龍は、そう言いながら太い首に巻き付けたネクタイを少しゆるめた。10月3日に引退相撲を控えた第68代横綱はほんの数十分前、両国国技館にある日本相撲協会に足を運んできたばかりだった。

「相撲協会には鬢付け油と汗と……なんていうのかな、いろんなものがまざった独特の匂いがするんですよ。国技館と地方場所は、私にとって自宅だからね。私がドンだからね、久しぶりに家に帰ってきた気がしたよ」

 地上23階のスイートルーム。大きな窓に縁どられた風景のなかに東京の街並みが広がり、建設中のスカイツリーも低い雲をついてそびえている。

「変わったね。このあたりは昔から知ってるけど、本当に変わった」

「正直、相撲はあまり見られなかった」

モンゴル相撲を始めたのは、15歳の時だった

 東京の街並みと同じように、いや、おそらくそれ以上のスピードでモンゴルからやってきたドルゴルスレン・ダグワドルジ少年をとり巻く環境は変わった。軽量のハンディを卓越した身体能力と闘争心で克服、史上最速となる初土俵以来25場所目でモンゴル人初の横綱に昇進したが、味わったのは最高位に立った誇りと歓喜だけではない。

 土俵での態度や発言がたびたび問題視され、2007年夏には地方巡業をけがを理由に欠席しながら、モンゴルでの親善サッカーに出場していた問題で協会から2場所の出場停止処分を受けた。復帰後も底力を見せ、今年の初場所で歴代3位となる25度目の優勝を飾ったが、場所中に飲酒暴行事件を起こしてしまう。後に起訴は見送られたが、2月4日に理事会の事情聴取に応じた直後、自ら引退を表明した。

 それから半年あまり。ハワイや北朝鮮、モスクワなどを訪ねた姿が報じられたが、メディアに心情を語ったことはない。

「正直、相撲はあまり見られなかった。相撲のことを徹底的に忘れないと、気持ちの面でもおかしくなるんじゃないか、って怖かったから。相撲協会に文句はありません。大変お世話になりましたし、歴史に残れたのは相撲のおかげだし、ここまで顔を広くさせてくれたのも相撲のおかげだし。でも……」

<次ページへ続く>

【次ページ】 「誰にも言ったことないけど、今なら言えるよね」

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