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<日本代表新監督の素顔> 人間ザックがわかる7つのエピソード。 

text by

弓削高志

弓削高志Takashi Yuge

PROFILE

photograph byAFLO

posted2010/09/21 06:00

<日本代表新監督の素顔> 人間ザックがわかる7つのエピソード。<Number Web> photograph by AFLO
新監督のパーソナリティを知るために、
彼の故郷、チェゼナティコを徹底取材。
性格は? 家族構成は? 好きな食べものは?
ザックの故郷で集めた7つの秘話を紹介する。

1.故郷 ~名将が生まれる町~

 ザックは、イタリア北部の自然豊かなエミリア=ロマーニャ州で生まれた。厳密に言うと出生地はメルドラという町だが、生後数カ月で家族に連れられ、近くの海沿いの町、チェゼナティコに移り住む。以来57年間、現在に至るまでその地が人生の中心になった。

 アドリア海に面した人口2万5000人ほどのリゾート地は、長友佑都がいるチェゼーナから車で約10分ほど。大小の運河が特徴的な町を目指して、夏場にはバカンス客が国内外から訪れる。町の経済の柱は、レストランやホテルといった観光業だ。

 山海の幸に恵まれた土地ゆえ、美食でも知られるロマーニャ州だが、隠れた“名産品”と言えるのが優れたサッカー指導者だ。アリゴ・サッキ(元ミラン監督)を筆頭に、アゼリオ・ビチーニ(元イタリア代表監督)、デリオ・ロッシ(現パレルモ監督)ら、名将たちを次々に輩出してきた。ザックもまた、その傑作の一つである。

2.過去 ~注文の多いサイドバック~

「ワシが左ウイングで、ヤツは左SB。まだ若造のくせに後ろから『展開しろ!』だの『戻れ!』だの指示を飛ばしていたものだよ。当時から広い視野を持っていた」

 現在5部のASチェゼナティコは、アマ時代にザックがプレーし、'83年に最初に指揮を執ったチームだ。ホームスタジアム「モレッティ」の管理責任者を務めているミルツォーニさんは、その現役時代を知る一人である。

「当時はDFがハーフウェイラインを越えることは許されなかった。でもザックは攻撃参加したがって、よく監督と衝突したものだ(笑)」

 ザックのテクニックは、もちろんプロに及ぶはずがなかった。しかしその分、規律あるプレーや頭を使ったプレーを好んだという。

「監督になってからの方が苦労したはず。ミラン時代のスクデットは、政治信条的に対立するベルルスコーニ・オーナーの下で獲ったもの。肝が据わっている証拠だよ」

3.家業 ~経営のセンスあり~

「職業である以上に、サッカー監督をすることが私の趣味」と断言するほど、仕事ひと筋のザック。しかし彼には、故郷でレストランやマリンリゾートを手広く経営する実業家、という意外な一面がある。

 サービス業は、代々続くザッケローニ家の家業。アルベルトは13歳の時、父親経営のレストランでテーブル2卓の切り盛りをまかされた。早熟で数字に強かった彼は、瞬く間に仕事を覚えると「パパ、経営の背骨は経理だよ」と言ってのけた。ちなみに最終学歴は、ホテル旅客業専門学校卒である。

 監督業で成功すると、そこで得た資金を元手に、地元観光界へ投資。息子にも経営者として会計学を学ばせ、今夏も新たに洒落たフロリダ風レストランを新規オープンさせた。ザック、実に手堅い。彼の名を出せば、道行く誰もが一目置く。町長選に担ぎ出されそうになったこともある彼は、いわゆる“地元の名士”なのだ。

【次ページ】 4.嗜好 ~実は筋金入りのインテルファン~

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アルベルト・ザッケローニ

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