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松山英樹を感嘆させた“緩急の差”。
中嶋常幸が次代に伝える勝負師の魂。 

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桂川洋一

桂川洋一Yoichi Katsuragawa

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photograph byNIKKAN SPORTS/AFLO

posted2013/06/06 10:31

松山英樹を感嘆させた“緩急の差”。中嶋常幸が次代に伝える勝負師の魂。<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS/AFLO

後続に2打差をつけた9アンダーで、今季2勝目を挙げた松山(写真左)。ウィニングパットを沈めた直後には「(中嶋に)“外したらぶっとばすつもりだった”と言われたので入ってよかったなと思いました(笑)」と喜びを語った。

緊張の糸が張り詰める優勝争いにもベテランは余裕綽々。

 そうして迎えた最終日最終組は2009年シーズン以来。引き連れたギャラリーは、もちろんこの日一番の数。だが、中嶋は一進一退の緊迫感を漂わせる優勝争いの周囲が、バリバリの栄光時代のそれとは、どこか違うことも感じていた。

「この年になると、応援ばっかり。『下手くそ!』とか『バカ野郎!』なんて一言もない。『大丈夫』『頑張れ』だけなんだから。みんな俺が何歳か分かってくれてるんだなぁ」

 飛んでくる声援が穏やかで、黄色くなんてない。その声援を受けて、「オレ、頑張ってるんだよね。もう、つらい。これ以上頑張れない」と中嶋は真剣勝負の合間に苦笑いでこぼす。その姿がまた、オールドファンの心をつかむようだった。

 和やかな空気に乗じてか、もう一人の同伴競技者、S.J.パクのキャディ、マイク・スパンがラウンドの最中「なんで、“トミー”っていうニックネームなんですか?」と傍若無人に切り出すシーンも。優勝争いの緊張感をつんざく陽動作戦か? 思わずギョッとした周囲の人間もいたが、中嶋は「ああ、昔、実はオーストラリアの……」なんて英語で丁寧に答えている。いつもの最終日最終組とはちょっと違う、不思議なムードもギャラリーの視線をまた惹きつけていった。

松山が感嘆した、余裕と集中を切り替える“緩急の差”。

 しかしこの争いのすべてに、そんなリラックスムードが居座ったわけではない。

「そこ(優勝争い)が決まるとプロですよね。急に集中力がアップした感じで……。天才って、ああいう人のことを言うんですかね」

 一瞬一瞬の勝負どころで、突然変わる中嶋の目つきに鈴木も驚いたという。

「松山くんとの年の差なんか、全然感じさせなくって。肉体的にも、精神的にも若い。シニアの選手が、ただレギュラーでプレーしているという感じじゃなかった」

 むしろ日本屈指のシーサイドコース・大洗ゴルフ倶楽部が相手ゆえに、若手と同じように向き合いながらも、経験に裏打ちされたプレースタイルは一層際立った。

 プレーヤーのボールが動く時間はわずか数分。4時間半から5時間に及ぶ1ラウンドで、緊張感はそうそう長くは張りつめられない。スイッチをオンとオフに切り替えながら、ギャラリーを虜にしていく。その中嶋の“緩急の差”は、まさに松山が最も驚いたところでもあった。

「やっぱ……なんて表現したらいいか、分かんないんですけど。“その時”に集中した時のスゴさというのが、自分とは全然比較にならなくて。そういうところで、まだまだ勉強しなくちゃいけないことがあると思いました」

【次ページ】 「魅力のある若い選手が出てくるのは嬉しいけれど……」

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