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不屈の意志で実戦復帰へ。
大塚晶則に奇跡は起きるか。
~41歳、元大リーガーの再出発~ 

text by

四竈衛

四竈衛Mamoru Shikama

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photograph byAFLO

posted2013/05/30 06:01

不屈の意志で実戦復帰へ。大塚晶則に奇跡は起きるか。~41歳、元大リーガーの再出発~<Number Web> photograph by AFLO

BCリーグの信濃グランセローズ入りが発表された大塚。2003年以来の日本復帰となる信濃では、本名の「晶文」で再スタートを切る。

 投げられる喜びは、何にも代え難かった。パドレス、レンジャーズで活躍し、2006年のWBCで日本代表のクローザーを務めた大塚晶則投手が、約6年ぶりに実戦のマウンドに戻ってくることが確実となった。

「今までと違う感覚があります。やっと試合で投げている自分を想像できるようになりました」

 右肘痛に耐えられず、戦列を離れたのが'07年7月1日のレッドソックス戦後。以来、実戦のマウンドには立っていない。その後、2度のトミー・ジョン(腱移植)手術をはじめ、骨片除去、神経移行など計5回の手術を行なった。だが、傷口がふさがり、筋力を強化し、満を持して投げ始めても、そのたびに痛みが再発した。日本各地の病院を巡り、治療法を探しても、元の体には戻らなかった。

「これまで熟睡したことはなかった。寝ている時も無意識に動かしているし、朝起きて治ってないかな、って毎日思っていました」

左投げまで挑戦した大塚だが、今年に入って右肘の痛みが消えた!

 昨年3月には、家族の前で左投げに挑戦する意志を明かし、真剣に練習を開始した。1日300球近くを投げ込み、遠投では70m前後まで届くようになった。それでも、現実的には復帰への道筋は見えてこない。昨オフ、古巣パドレスから国際スカウト、巡回コーチの打診を受けた際には、「ついにそういう時期が来たのか」と心が揺らいだ。

 霞んでいた視界に光が差したのは、今年3月だった。地元サンディエゴで行なわれたハーフマラソンで、全盲アスリートの岩本光弘さんの伴走を務めるため、ランニング中心のトレーニングを続けたことがきっかけだった。左投げを始めて以降、右肘を休めたこともあり、その後に投げ始めた際、不思議と痛みは消えていた。リハビリ期間中、専門家と一緒に投球の動作解析などの研究を続け、右肘に負担のかからないフォームを見つけたことも、大塚の復帰意欲を後押しした。

「150km近い球が投げられる感触はある。もう1回、本当のボール、プロで抑えられるボールを投げたいんです」

 まずは、日本の独立リーグ、BCリーグの信濃グランセローズでの再出発となったが、NPBやメジャー復帰も視界に入れる。不屈の意志で故障と闘ってきた41歳。いざマウンドに上がれば、喜びだけに浸っているはずはない。

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