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10年越しに叶えた2つの夢。フリーダイバー・篠宮龍三、闘いの軌跡。~日本で世界選手権、初開催~ 

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野田幾子

野田幾子Ikuko Noda

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photograph byKanako Nagashima

posted2010/07/30 10:30

10年越しに叶えた2つの夢。フリーダイバー・篠宮龍三、闘いの軌跡。~日本で世界選手権、初開催~<Number Web> photograph by Kanako Nagashima

海洋競技には万全の準備と緊張感をもって臨んだが……。

 篠宮は、大会オーガナイザーの立場で「フリーダイビング世界選手権 2010 沖縄」を振り返ると、「スタッフに安心して任せられた大会だった」という。

「日本人だからタイムマネジメントがきっちりしてるし、イベント、特に開会・閉会式やイベントコミッティ(競技の進行に対して参加者が意見を述べ合う場)はまったく滞りない。もう自分が細かい指示をしなくても大丈夫だなと、スタッフの成長が見て取れてうれしかった」

 だが、自然をフィールドとする競技は何があるかわからない。特に海洋競技のコンスタントはスタッフ全員が万全の準備と緊張感をもって臨んだが、それでもアクシデントは起こった。

 コンスタント競技は48名の選手を二手に分け、2日間にわたって行われる。アクシデントは、2日目の第1競技者であるフランスのギヨーム・ネリが、水深102mにトライしたときのことに起こった。水面に上がってきたギヨームの手にはボトムに設置されているタグがない。未達のまま戻ってきたようだ。しかし彼は、ガイドロープに問題があったからだとしきりに主張した。

 そこで、ガイドロープを引き上げ調べてみると、下方にアンカーが付いた別のロープが絡まっていた。潮の流れの強い中、漁船から引きちぎられたものが漂流してきたのだろう。ガイドロープは選手にとって方向を示す指針であるだけでなく、命綱の役割を果たす、とてつもなく大きな存在だ。特にギヨームは裸眼で100mの深さを潜るため、仮に海底で目を開けても周りの様子が確認できない。下手をしたら、アンカー付きのロープがフィンに絡まり、浮上できない可能性すらあり得た。

ギヨームのトラブルが選手としての篠宮に及ぼした影響。

 ギヨームはこれまで世界記録を4回更新し、現在の自己記録は篠宮と同じ115m。篠宮にとって盟友ともいえる選手だ。大会運営側がベストを尽くした上での避けられないアクシデントだったとはいえ、このことは1日目にコンスタント競技を終えて、船上でスタッフの指揮をとっていた篠宮に、少なからぬ衝撃を与えた。

「こちらがベストを尽くしても、どうにもならない海の状態というものがある。人的被害とは違う、海の怖さ……。そのとき俺は、すごくビビッてたね。オーガナイザーとしての責任感がのし掛かってきて」

 オーガナイズする立場だけだったら、ギヨームが無事に生還できたことに安堵し、他選手の競技も無事に終わったことに感謝していればよかった。しかし、篠宮はオーガナイザーであると同時に、選手なのだ。オーガナイザーとしての身に起こった動揺が、アスリートとしての自分の精神に嫌な影響を及ぼしてしまうのではないか。ふと、暗い影のようなものが篠宮の心に忍び寄った。

【次ページ】 日本チームの戦略は「メダルを狙う。色は問わない」

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篠宮龍三

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