高校野球、甲子園での「球数制限」を導入すべきか?

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 第85回甲子園センバツ大会、決勝でついに力尽きた済美の2年生エース安楽智大投手。   3連投を含む全5試合に登板・・・続きを表示

●「球数制限」を導入すべき
●「球数制限」以外の対策が必要
●現状のままでよい

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  • 何故に今までこういった議論がなされなかったのかが不思議である。
    たまたまWBCの制限ルールがあったから出てきただけであって、個人的には少なくとも20年前には議論されるべきテーマだった。
    そう思うに至ったのは、あくまで一例を挙げれば沖縄水産の栽弘義監督の大野倫投手に対する酷使は一種の犯罪である、という思いがずっとあるからである(故人を批判するのは気が引けるが)。
    こういっては悪いが、高校野球の指導者は「選手のコンディショニング」という概念は皆無で「ロマン」とか「保身」とか「見栄」の方に汲々としている、という疑念がずっと消えないのである(あくまで教育の一環であるはずなのに)。
    こういった周りが見えない指導者(ま、こういったのがいたとしたら指導者としては失格ですけどね!)と何よりも選手のために多少強制的でもルール改正は不可避である。
    このままだと取り返しがつかなくなるぞ!

    赤鯱と梟さん2013/04/05 23:12に投稿

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    そう思う!
  • ピッチャーの肘・肩への負担は、監督が判断すればいい話。それをいちいち『球数制限』という制度化なんて、ホントにくだらないと思う。

    WBCにおいては球数制限がされているが、それは年俸を払っている球団への配慮である。つまり、「本番であるシーズンに影響が出ないように」という理由で制度化されたにすぎない。本番であるシーズンでは、当然そんな制度はなく、監督が判断している。

    又、本格派投手は球数が多いものだ。逆に「打たせて取る」投手、いわゆる軟投派は球数が少ない。球数制限が導入されれば、ピッチャーの投球スタイルにまで介入している制度になる。
    更に、球数制限があることで、戦力に厚みのあるチームが有利に働く制度にもなる。

    チーム事情・選手の個々の状態は、監督が1番良く知ってる。外部の人間がいちいち批判をしたり、ましてや制度化なんて、これほどバカな話はない。

    Dブライアンさん2013/04/05 21:39に投稿

    13
    そう思う!
  • 甲子園球児の中に、その後プロとしてやっていく選手はどれほどいるでしょうか。
    「球数制限」を主張する人は将来のスター候補が潰れてほしくないだけだと感じます。

    「球数制限」自体は悪いアイディアではないですが、複数の力のある投手が必要となれば、選手層や施設に勝る私立が圧倒的に優位になってしまい、公立で勉強に励みながら甲子園を目指すといったことも難しくなってしまい、野球の裾野が狭まってしまうと思います。

    できれば地方大会からが望ましいですが、甲子園では試合前後のメディカルチェックを義務付けることができれば事故の予防に繋がるでしょうし、スポーツ医学に関するライセンスを創設するなどして、監督に一定以上の知識を求めることも重要でしょう。
    大量リードしてる9回のマウンドにエースを送って、「最後まで投げきるのがエース」などと言っている監督を見ると、本当に頭がおかしいのではないかと思います。

    rogerさん2013/04/06 00:13に投稿

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    そう思う!
  • 私自身、医療関係に従事しており、以前に「離断性骨軟骨炎」などで変形している肘などを診させてもらった経験がありますが、正直「甲子園大会」の廃止すら考えてほしいものです。化骨が終わっていない成長期の肩や肘に何回も投球動作を強いるような大会は論外で、「若いから投げられる」はあり得ないのです。

    確かに、甲子園のような大観衆に見守られ、トーナメントの緊迫感のある戦いを10代のうちに経験することは野球での緊張感ある戦いでの最大の練習場としてはもってこいです。

    しかし、そのせいで、特に投手ですが、弊害が出ているのがやはり問題です。

    現実的な対応策としては・・・

    ・7回までにする
    ・2週間で3試合程度にする(8チームによるトーナメント)

    位かもしれません。県予選もある程度の期間をかけながら、全員一律のトーナメントではなく、ブロック制などをして、少しでも試合数を少なくすべきでしょう。

    帝王00さん2013/04/07 21:39に投稿

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    そう思う!
  • 最後まで投げ切るのが甲子園の醍醐味なんてのは、見てる側が面白いから自分勝手に言ってるだけ。
    選手たちのことを何も考えていない。

    選手が燃え尽きてでも投げたいと思うのはわかるが、選手生命はおろか将来の生活にも支障の出るけがをしかねない。

    それに、灼熱地獄の中でこんなことをしたら、熱中症などで命に係わるレベルだと思う。

    球数制限だけでなく夏の甲子園の開催の是非についても議論すべきだと思う。

    ひっぽるとさん2013/04/05 22:43に投稿

    7
    そう思う!
  • 投手の肩は消耗品という常識を、高野連も早く受け入れるべきだ。

    日本のNPBでプロ入りするだけで数千万円、メジャーリーグにいく投手の商品価値が、10億も100億も付くという事実から考えれば、将来性のある投手を酷使して、彼らの生涯賃金を奪うのは、不当な「搾取」であり、甲子園の醍醐味などと言ってられる状況ではない。

    酷使された投手が、怪我をして将来を棒に振った場合、誰がその責任をとるのか。誰が補償するのか。補償どころか、保険すら満足にない状態。チームのため、学校のため、といわれれば、エース投手は肩の酷使を断れないであろう。そのような不平等はなくすべきである。

    野球はチームプレー。高校野球は全員野球だ、というのなら、少なくとも1人の投手にチームの命運を課すべきではない。チームで投手の負担を分担すべきであり、そのための手段が、球数制限であるというのなら、全く合理的である。

    K_Kurnさん2013/04/05 23:34に投稿

    6
    そう思う!
  • 私は昨年まで十数年アメリカに暮らしていたので、日本とアメリカの”スポーツ観”の違いが顕著に現れているのが、“高校野球”と思える。
    アメリカで人気の学生スポーツは、何と言っても高校バスケと大学のアメフトだろう。
    どちらも長い歴史と国民的人気がある。
    野球は、高校大学ともリーグはあるがそれほどの人気は無い。
    やはりベースボールはMLBという意識が米国人には強いのだろう。
    またアメリカでは成長期の子供に局所を酷使する運動をさせるのは良くない、という考え方が一般的で、成長期の間は変化球はおろか、ピッチャーさえさせない。バッティングマシーンでゲームをやるコーチ、チームも少なくない。
    アメリカにおいては学生スポーツはあくまで教育の一環だ。
    学業成績が一定の水準になければ、部活は出来ない。
    日本の高校野球は、地元の名誉や親のエゴなど大人の事情が物事を左右する。
    スポーツと呼ぶには余りに異様である。

    Gold-jacketさん2013/04/06 08:52に投稿

    6
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  •  球数を制限してしまったら逞しい投手が出て来なくなっちゃう気がする・・・

     公式戦の場合のみ、高野連がプロのマッサーやコンディショナーを用意するというのはどうでしょう?

    なをきさん2013/04/05 18:39に投稿

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    そう思う!
  • 現状、雇われの身でしかない監督や周りからの期待を浴び続けている選手が「将来の事を考えて投げないです」などと言うのは難しい部分がある。投球数を疑問視する声がある一方で将来の事を考えている投手に対して「無責任だ」と身勝手な批判をぶつける人たちもいる。現場が判断すればいいと言う人たちもいるがビジネスとして肥大化が進んでいる高校野球において現場がこの状況を打破するのは実はかなり難しいことなのです。

    「燃え尽きてでも投げたい」という選手の気持ちはかつて高校球児であった私も同じ気持ちです。しかし大した知識も持っていない指導者や選手達に対して「まった」をかける制度が必要なのではと思います。

    kouさん2013/04/05 22:43に投稿

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  • 大会日程の延長が最も効果的な案だと思われます。
    たとえば、3回戦終了→休み→準々決勝4試合→休み→準決勝→休み→決勝のようにすれば大会期間は2日長くなりますが、連投は一日もなくなり負担は軽くなると思います。
    自分も甲子園球児でしたが、すべての選手が将来も野球中心に考えているわけではありません。
    野球ではなく、高校野球にすべてを賭けている選手も少なからずいるということです。
    むしろほとんどがそうであると言っていいと思います。
    全国優勝の1チーム以外は、予選を含めて毎年必ず負けてしまいます。
    故佐伯先生がおっしゃったように高校野球は教育の一環です。
    私は負ける事も教育の一環であると考えていますので、出来るだけ良い負け方をして欲しい。
    球数制限が原因で負けてしまうことで、やるせない悔いを残したまま高校野球を終わらせてしまってもよいのでしょうか?

    黒獅子27さん2013/04/06 13:42に投稿

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